第6話 高校生② 一年は突風のように

 真樋と夢月は同じ1年5組であった。


 可もなく不可もない新学期、初日にやる事と言えば入学式とホームルーム程度しかない。


真道真樋しんどうまといです。〇〇中学出身で、中学では野球部でした。好きなものは温泉です。」


 然程盛り上がりには欠けるが、自己紹介というものはこういうものである。


 真樋は趣味がアニメ鑑賞や読書などは発表しなかった。


 思春期真っただ中の年齢において、ヲタクというレッテルを貼られてしまうと、後の高校生活に影響が出てしまうと考えての事であった。


 陰キャとか根暗等と称され、クラスの輪から若干外されてしまう事を懸念していた。


 自分から割り込んで行く程の事はないが、仲間外れが希望というわけでもなかった。


 そして自己紹介は続いていく。性別の隔たり鳴く五十音順に席は決まっており、その順番通りに自己紹介は進んでいた。


 二文字目まで同じである真樋と夢月。一つ早い出席番号の真樋、一つ遅い出席番号の夢月。


 前後するのはある意味では必然であった。


 小学校や中学校は男子と女子で別れた出席番号であったため、五十音順に並べていくと男子と女子で相違が発生していた。


 つまり五十音順に男子と女子でペアを組んだ時に、必ずしも真樋と夢月が組むとは限らないのだが……


 平仮名の神様偶然の連続により、毎年真樋と夢月はペアとなっていたのである。 


 しかし今回は性別関係なしに続き番号となっている。真樋の席の後ろに夢月が座っていた。


 後ろの席だというのに、夢月が自己紹介のために立ち上がると、長い黒髪から押し出された良い香りが真樋の鼻孔を擽った。


 合格発表の時に嗅いだ香りとはまた違った甘い香りが、真樋の心を刺激する。


 首をちらりと後ろへ向け、横目で夢月の姿を捉えた。


真森夢月しんもりむつきです。〇〇中学出身です、部活動は陸上部と文芸部を掛け持ちしてました。趣味は裁縫と読書です。」



 夢月の自己紹介ではクラスの何人かが「おぉ~」と盛り上がる。


 文武両道を思わせる部活動、家庭的な趣味、可愛い見た目と三拍子も四拍子も揃っているからである。


 一部のクラスメイトは、真樋と夢月が同じ中学出身である事に気付いていたものも存在していた。




 全員の自己紹介が済んだが、一学年の最初であれば顔と名前が一致するまでは数日を要する。


 数人の目立つ生徒を除き、後はその他大勢の一人となるのが最初の出会いというものである。


 真樋もどちらかといえばその他大勢の一人であった。


 夢月は見た目から目立つ部類に入っていたため、数人の生徒達からは直ぐに覚えられていた。


 制服の採寸の時に顔を合わせている生徒も存在するため、猶更目立ってしまう生徒もいたのである。



「ねぇねぇ、真森さん。中学では彼氏いたの?」


 見た目の若干チャラそうな、髪の毛を茶色に染めた推定サッカー部に所属してそうな男子生徒から声を掛けられる。



「いないよ。ってそういう突っ込んだ質問はある程度仲が良くなってからだと思うけど?それに自己紹介したとはいえ、まだ顔と名前が一致しないのだから、まずは名乗ってからが礼儀だと思うんだけど。」


 答えてしまってはいるが、夢月の返しは正論であり、周囲の生徒達もうんうんと頷いていた。


 指摘された男性生徒は名前を名乗って先程の事を謝罪する。


 中学まではサッカー部に所属しており、高校に入ってからもサッカー部に入ると自己紹介の時に言っていた事を思い出す。


 田中次郎。


 古臭い名前だけど、逆にそれが新鮮で良いだろ?と本人は自己紹介で話していた。


 こうした猛烈自己事故アピールをしてクラスの注目を浴びていたのだが、夢月の中で彼は一段落下の認識にされていた。


 友人が欲しくないわけではないのだが、こうした軽率そうなクラスメイトと特段仲良くなろうとは夢月には思えないのである。



「そういえば、真道って真森さんと同じ中学なんだろ?どういう関係?」


 田中の時の夢月の返しがあったからか、少し踏み込んだ会話をそれとなく遠慮していたクラスメイト達であったが、数日が経過し多少なりともクラスの中での関係は砕けつつあった。


 そのせいか、最初に色々疑問に思っていた事を口にする事が徐々に増え始めていたのである。


 今しがた真樋に質問をしてきた男子生徒も、他に同じ中学出身がいない事は覚えていたため真樋に声を掛けたのであった。



 真樋が返答に困り、ちらりと夢月の方を見ると、何となく視線を感じるだけで特に何かを言ってくる事はなかった。


 真樋に話しかけてきたのは黒川有馬。爽やか系モブイケメン枠である。


 最前線には出てこないが、なんかあいつそこそこカッコよくない?という隠れイケメンみたいなものである。


 


「ん、そうだな。簡単に言えば幼馴染だよ。」


 それ以上でもそれ以下でもないと、若干強がって真樋は答えた。


 それはつまりは、ただの幼馴染であるので、夢月に対して誰がアタックしても良いと受け取られるものだった。


 


 しかし、入学から数日が経過しており、既に何度か告白を受けている夢月ではあったのだが、誰が告白をしても夢月が首を縦に振る事はなかった。


 暫くしてついた渾名が「鉄壁乙女」や「NOガール」、「氷の要塞」であった。


 

 最初に話しかけてきたという事もあり、真樋にとっては黒川が一番仲の良い友達となった。


 一方の夢月にも特に仲の良い同性の友人は出来ている。


 草津三朝みささ、大沼雫璃亜だりあ、山﨑雲母きららの三人である。


 妹や姫っぽい守ってあげたい感満載の草津三朝、参謀っぽい寡黙風な大沼雫璃亜、ギャル風な山﨑雲母と三者三葉の友人達であった。


 身長は草津、山﨑、大沼の順で大きくなっていく。胸部装甲に関しては五十歩百歩である。それは夢月が加わっても同じであった。

 

 もしかすると、夢月の中で巨乳お断りというオーラでも出ていたのかもしれない。


 真樋と夢月が幼馴染だという事は黒川や草津達の耳にも入り、この6人で行動する事が増えて言った。


 小集団を作るとなれば一緒になり、課外授業や調理実習等では同じグループになり、体育のペアなんかでも一緒になっていた。

 



 学生にとっては勉強をしている時にはゆっくりに感じるが、それでも1年という時は思いの外あっという間に過ぎ去るものである。


 目まぐるしい行事なんてものは、自身で想像しているよりも早く感覚的に時間は過ぎていく。



 この一年で夢月は先輩・同級生を含め何人もの男子からの告白を断っていた。


 中学時代から含め、何故夢月が断っているかを理解していない幼馴染・真樋を無視して一年生は終わる。


 一年の間の出来事といえば……


 隠していた夢月の趣味の一つが発動している。

 

 夏と冬に同人誌の大型即売会イベントがあるのだが、真樋と夢月はこれに参加しており、これは他の学生達には知られていない。


 しかしイベントの後暫くすると、ネット上に夢月によく似た「MOTA!」というコスプレイヤーの写真が掲載され、一部では話題になっていた。


 

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