遺跡

『し…死体…?』

 発掘中に死体が見付かることはそれほど珍しくない。遺跡が見付かればかなりの確率で、かつてそこで暮らしていた者達の死体が発見されることがあるからだ。浅葱あさぎも師である重蔵じゅうぞうについていて死体と遭遇したことは何度かあった。だから死体に驚いていたのではない。それが今まで彼女が見てきた物とかなり様子が違っていたことで強い違和感を覚えただけだ。

 LEDの光に浮かび上がるそれは、彼女がこれまで見た氷漬けの死体と違い、まるで生きていてただ眠っているかのように穏やかな表情で瞼を閉じているだけだった。

『違う…これ、人間じゃない…!』

 浅葱あさぎは再び、自分の血が激しく体を巡るのを感じていた。<それ>が人間の死体じゃないことに気付いたからである。何しろその空間は異様に暖かかった。温度計を見ると、氷点下二度。氷窟の中が氷点下四十八度だったことに比べると、暑いくらいに暖かいのだ。この気温では、死体は完全には凍らず、ゆっくりとではあるが変質していく。腐ることはなくても水分が抜けてミイラ化していく筈だった。その兆候すら見られない、きれいなままということは、それが生き物ではないことを示していた。

「くそ…暑い…!」

 氷点下五十度でも命を長らえることができるように土竜海豹もぐらあざらしの革で作られた防寒装備では今度は暑すぎて頭がぼうっとしてきてしまう。仕方なく彼女はそれを脱ぎ捨てた。

 平均気温氷点下十五度程度の村で普段外を出歩く時の、一見するとジャージのような化学繊維製らしき格好になり、改めて空間の中をあちこち照らしてみた。氷窟の中は仮設の灯りが設置されているし、氷がその光を乱反射して実はかなり明るい。それに比べるとここは完全な闇だった。自分が落ちてきた穴からは、僅かだが光が差し込んでいるものの、それ以外はどことも繋がっていない閉ざされた空間であることが分かる。

『部屋…というよりは物置か…?』

 金属なのかそれ以外なのかもよく分からない素材でできた棚が三方の壁に沿って設えられて、どうやら彼女は天井を踏み抜いてまずその棚の上に落ち、それから同じく金属かそれ以外なのかよく分からない素材でできたテーブルの上に落ちたのだと気付いた。今はテーブルの上に座っている形である。だから<遺跡>であることは間違いない。その棚にはメディアらしきものがぎっしりと詰まっており、それ以外には生活用品のようなものは見当たらなかった。広さは精々四畳半程度。棚がない壁に、彼女が死体と見間違えた<それ>は立てかけられていた。

『すごい…すごい…! 大発見だ……!!』

 声には出さず、浅葱あさぎは一人、興奮していたのだった。


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