ニ トラウマの発掘 ニ

 彼女の頭が動き、ついで両手が伸びて箱の縁にかかった。ようやくにも、モニター画面にいたのは関係ない人間だとわかった。


 箱からでてきた彼女には、下半身がなかった。ちょうどへその真上くらいのところまでで身体が終わっている。消しゴムで消したように失われていた。箱に入ったときはなんともなかったのに。


『ホラを吹かなかったな……お前……』


 彼女は両手を床につき、上半身をそり返らせながら喋った。口調も声音もさっきコンビニで聞いたものとなんら変わらない。


『罰を与えねばならん……回転しろ……回転し続けろ……』


 幼い岩瀬はへたりこんだ。足が萎えてしまい、箱からでてきた彼女と同じように這って逃げだした。


 玄関からでると、運送業者がいる。助けを求めるべきだろうか? いや、怪しすぎる。それこそ裏口を目指さねば。


 ずるずる音をたてて床を這い進むと、似たような音がうしろから聞こえた。振り返ると、彼女がいる。まるでカタツムリのように、下半身になるはずの部分は箱になっていた。箱ごとこちらに近づこうとしていた。


 裏口まではそれほど苦労せずにいきつけた。しかし、ドアのノブまで手が届かない。寝そべった状態だから当然だった。たてばいいのに足がいうことを聞かない。


 お遊戯会のように、上半身に弾みをつけて跳ね上がることでノブに手をかけようとした。そうこうする間にも、彼女は迫ってくる。


 何度も何度も跳ね上がろうとして、ついに腹筋が疲れて動かなくなった。 


 彼女の指先がかかとに触れかけたとき、裏口が向こう側から開いた。戸口には、運送業者の男と彼女がいる。こちらの彼女は足があった。


『回転しろ』


 運送業者の男は幼い岩瀬めがけて言葉を振りおろした。


『回転しろ』


 男の傍らで、彼女も同調した。


『回転しろ』


 背後に迫った箱つきの彼女が、ついに彼の足首を捉えた。


『わーっ!』


 恐怖を抑えられなくなり、幼い岩瀬は叫んだ。なんとか逃げだそうともがくと、自然に身体がごろごろ転がりだす。箱をつけた方の彼女も助長した。のみならず、嬉しそうに笑いだした。


『やめて、やめてーっ!』


 必死に乞い願うのも虚しく、転がる速さはますます激しくなっていく。


『きゃははははははは!』


 はしゃぐ箱つき彼女の笑いを耳にこびりつかせたまま、岩瀬は自宅寸前でごろごろ転がった。玄関が等間隔に並ぶアパートの廊下から階段に至り、転がりながら階段を落ちていった。


 目を覚ますと、白い天井がまず見えた。照明はついてない。両目だけを左右に動かして、昼くらいの時間帯だというのだけがわかった。


「気がついたか?」


 聞き慣れたような、そうでないような声が聞こえた。

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