一 ホラフキさんのささやき 八
おとなしくて虫も殺さないような薄山までもが同じ手を使っていたとは。しかも岩瀬より先に。
『じゃ、じゃあコスプレ通学っていうのはホラフキさんがいわせたものじゃなかったのか?』
『そうだ』
『ついさっきって、具体的にはいつホラフキさんが本当にきたんだ?』
『ほんの二、三分前だよ』
『ホラの内容は?』
『お前を殺せって』
開いた口が塞がらない。風の冷たさとはなんら共通しない冷気が、岩瀬の指をかじかませた。
『おい、本気でいってるのか?』
『お前を殺したいはずがないだろ? ただホラフキさんはそう命令してきた。できるわけないのに』
薄山が正気を保っているのは疑いようがない。というより、正気を保っているからこそ不気味でしかたない。
『実は、俺にもホラフキさんがきた』
ことここに至った以上、岩瀬は腹を割るのが上策だと判断した。だからといって楽しくなれるはずがない。むしろ、その逆だった。
『えっ!?』
今度は薄山が仰天する番だ。
『近所のコンビニでお菓子を買ってたら恩田と会った。そのとき、恩田の好きなチョコレートを毎日百個食うといえって命令された』
これまた、自分で説明しつつ異常としかいいようがない。ホラフキさんという共通の土台があるからこそなりたっているだけで、はたから見れば妄想のぶつけあいだろう。
『なんだそれ? いつ?』
『薄山んとこにホラフキさんがくる七、八分ほど前だよ』
『ホラフキさんの姿、見たか?』
『いいや。薄山は?』
『俺も見てない』
互いの事情から類推するに、ホラフキさんはまだ岩瀬にも薄山にも危害を加えてない。なおさら気持ち悪いということでもある。
『どっちみちさ、入院してるんなら殺すもクソもないだろ』
『俺、明日で退院なんだよ』
本来なら喜ばしい日なのに、台なしだ。
『だからって明日俺を殺すんじゃないよな?』
『ああ、そんな気はないよ。お前だってチョコレートを毎日百個食うわけじゃないだろ?』
こんな状況で、薄山なりに精一杯の冗談というべきだろう。
『もちろんだ』
『なら、お互い問題ない。二人して無視すればホラフキさんも神出も諦めるだろ』
引っ込み思案な薄山が、ここまで雄弁になるとは。
『同感だ』
『よし、じゃあ明日。あと、このチャットのログは全部削除するけどいいよな?』
『好きにしてくれ。明日に』
話は終わった。徹頭徹尾、ホラフキさんは一言も干渉してこなかった。ほっとしたようでもあり……落ちつかなくもあった。
明日も丸一日オンライン講義で、家からはでない。だから、『真相』は自宅からネット経由でもたらすことになる。
本来なら、こうした重大な……と表現していいのか迷うが……発表は『たもかん』の全会員を一堂に会しておこないたかった。発端となった神出の発言こそ悪趣味すぎる。
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