第18話 異変

 どうやら僕はまた眠ってしまったらしい。


 夢には内緒だが、精神的に不安定になると布団に包まれて泣く癖があるからな。


 両親がいなくなってから、僕が唯一出来た安心感を求める方法だ。


 クロウに謝らないといけないことを思い出し、僕は急いで立ち上がり部屋を出た。


「クロウさ――」


「カナタさん起きましたか?」


 だがそこにはクロウはおらず、団長室にラニオンが事務仕事をしている。


「そんなに急いでどうしたんですか?」


「クロウさんに謝らないと――」


「団長なら訓練場にいると思いますよ。何があったかはわからないですが、頑張ってくださいね」


 優しく微笑むその姿に僕は勇気をもらった。


 アイドルスマイル恐るべし。


「ありがとうございます」


 僕は部屋から出ると動物達に出会った訓練場に向う。





「ほら次のやつかかって来い!」


「はい!」


 訓練場では騎士達が木剣で打ち合いをしている。


「トラン、そんなんじゃ強くなれないぞ」


「ちょ、僕に厳し過ぎませんか?」


「それはない」


 その中でクロウはトランと打ち合いをしていた。


 お互いの木剣がぶつかり合うたびに、鈍い音が鳴り響く。


 初めて見るその姿に僕の視線は奪われる。


「カナタさんどうしましたか?」


「クロウさんに用があったんですが……」


 声をかけてきたのは知らない騎士だった。


「それなら呼びましょうか? きっと声をかければ喜んでくると思いますが……」


「剣の訓練に邪魔になると思うので、しばらく待ってから考えようと思います」


 あれだけのことをして喜んでくるわけがない。


 流石にクロウにキスをされて驚いた後に、蹴り飛ばして部屋から追い出したとは言えない。


 むしろあの部屋は僕の部屋ではなく、クロウの部屋だ。


 僕は石段に座り込み、二人の剣の稽古を眺めていた。


 大きい体格なのに素早く動くその姿にどこか目が惹かれる。


 もちろんトランの見た目が悪いわけでも、動きが遅いわけでもない。


 なのに惹かれるのはクロウだけだ。


「やっぱり僕はおかしいのかな」


 しばらく見ていてもそれは変わらない。


 単に団長って呼ばれるだけの実力があるのは理解できる。


 それでもどこか不安になってしまい、僕は団長室に戻ることにした。





 僕は団長室に戻るつもりで歩いていた。


 しかし、一向に着く様子もなく気づいたら見たこともない庭に着いた。


「これだけの花を見る機会はないね」


 そこには様々な花が植えてあり、あまりにも綺麗な花に僕の心は奪われてしまった。


 足を踏み入れると突然声が聞こえた。


「誰ですか?」


「あっ、すみません」


 そこには光に照らされて輝く金髪の人物が立っている。


 相手も僕だと気づいたのだろう。


 すごく複雑そうな顔で僕を見ていた。


「ブラン殿下申し訳ありません」


「ちょっと待ちたまえ。ここがどこだかわかっているのか?」


 向きを変えて立ち去ろうとするがそう簡単にはいかない。


「少し迷子になってしまって……」


 この世界のことを知らない僕はすぐに彼に謝った。


 王族となれば何が不敬罪に当たるかわからない。


 現に騎士に剣を向けられた時は、何がダメだったのか覚えていない。


「ならお詫びに少し話に付き合ってもらっても構わないか? そのあと私が送り届けよう」


 帰ろうとしたが止められてしまった。


 早く帰るべきだが、王族の頼みなら断ることができずブランの話し相手をすることにした。


 今日の朝、夢と朝食を食べた時はほとんど夢が話をしていた。


 ブランは僕達を見守る……いや、どういう人物なのか観察していたと僕は思っている。


 会話をしていた時も夢ではなく、僕の方をずっと見ていたからだ。


「わかりました」


 僕はブランに近づいた。


 ただ、どこに座ればいいのかもわからない。


 とりあえず、座っているブランの横で立っていてはいけないと思いその場で膝をついた。


 それに気づいたブランはポケットからハンカチを取り出し、椅子の上に広げた。


「配慮ができず申し訳ない」


 ブランは椅子をポンポンと叩いている。


 これはハンカチの上に座れと言っているのだろうか。


「ここに座って」


 そのまま手を引かれると、うまく立ち上がれなかった僕は姿勢を崩す。


「あっ……」


 僕はブランの上に覆い被さるように乗っていた。

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