第16話 転生した魔王は学園ライフをエンジョイしている。


「ふぁ〜……」


「朝っぱらからあくびなんていい身分ね。授業すら始まってないのに」


「少し寝不足でな」


 超健康不健全優良児の俺だが、この朝ばかりは眠気を我慢できずにいた。

 そのせいで隣に座るフェイトが嫌味を言ってくるが、これが普通の挨拶のように聞こえるのは慣れてしまったからだろう。


「寝不足なんて、やっぱりわたしとの鍛練がアスくんの負担になってたりするんでしょうか?」


 重い瞼を擦っていると、フェイトとは逆の左隣から申し訳なさそうなか細い声がした。


「心配するなレヴィア。お前と組手をするのは俺にとって百パーセントのプラスだ」


「ならよかったです」


 俺の言葉を聞いてホッとするレヴィア。

 自然と目線が下がって彼女の胸部装甲に集中してしまいそうになるが、フェイトの視線が痛い。

 だが、仕方ないだろう。俺の〈色欲の魔眼〉もレヴィアとの対決では上手く機能しない。

 彼女が動く度、揺れる度に弾むモノについ注目して催眠の条件である視線を合わせることが難しいのだ。

 そんなレヴィアと触れ合える鍛練は一日の疲れを発散できる癒しになりそうなのだから。


「まぁ、アンタがどうなろうと私の知ったことじゃないけど、授業中に居眠りして隣の私まで悪目立ちしたら許さないんだからね」


「フェイトさん、多分もう手遅れです」


 俺達が座る席の周囲には空白地帯が出来ている。

 僅か半月で俺とクラスメイトとの交流は断然してしまった。

 女子にいたっては目を合わせることすら拒否されるレベルだ。


「こっち見てる……」


「ダメよ。反応したら服を剥かれるわ」


「犠牲は最小限にしときましょ」


 ひそひそと女子がこんな会話をしているのが聞こえてくる。

 犠牲というのはフェイトとレヴィアのことだろう。

 こんなにイケメンで強くて賢いこの俺に惚れて声をかけてくるものがいないなんて、現代の魔族は求愛行動に消極的になっているな。


「あいつ、スノウフェアリーさんまで……」


「僕らにも優しくしてくれそうな癒し系女子にまで手を出すなんて許せねぇ」


「だけどお姫様にも勝ったじゃん。勝てるわけないって」


「実は俺、触手フェチに目覚めそうなんだ」


 一方の男子達は俺に対する羨望と嫉妬に満ち満ちていた。

 赤服の連中はわかるが、数少ない白服の者まで俺を殺意のこもった目で見てくる。

 男友達と猥談で盛り上がりたいというささやかな願いがあったのだが、当分は無理そうだな。


「……私の学園生活が……」


「俺という男の物になって幸せだな」


「アンタのポジティブな思考はどっから出てくんのよ。全部アンタのせいじゃない!」


 制服の襟を掴んで人をガクガクと揺さぶるフェイト。

 俺は間違ったことは言っていないのだが、照れ屋さんめ。


「はぁ……。アンタと関わるとロクな目に遭わないわね。アイツみたいに」


 長く重たいため息をついたフェイトが指差す方を見ると、開いた窓の外、校舎の入り口辺りに人が集まっているのが確認できた。

 人混みの中心にいるのは頭を綺麗な丸刈りの坊主頭にした耳の長いエルフだった。


「オレはキミを白服だからとバカにして憂さ晴らしに蹴り飛ばしていた。これは許されない行為だ。だからキミを蹴り飛ばした倍の回数、オレをボールのように蹴り飛ばしてくれ!!」


 ひどく澄んだ瞳で両膝を地面につけて縋りつくように懇願しているのはジョバンニ・マーケイヌ。

 粗暴で他人を見下していた男の変わりように縋りつかれていた白服の男子が怯えていた。


「早朝からずっとあんな感じらしいわよ」


「わたしもさっき、あの人に土下座されました。剣の持ち手で腹を叩いてほしいって」


 贖罪と名前をつけた奇行を繰り返して気持ち悪がられているジョバンニ。

 昨日までの汚れたの染みのような態度はなりを潜めている。


「アンタが何かやったんでしょ」


「さぁ? 意外と決闘で敗北したことが奴の殊勝な心を引き出したのかもしれんぞ?」


「アレはただのドMって言うのよ!」


 遠慮がちに蹴る白服の生徒へ、もっと強く蹴ってくれと頼み込んでいるジョバンニ。

 ……まぁ、誰かを傷つけているわけではないし、気色悪い以外の害が無ければ放置してもいいだろう。

 俺の色欲魔法奥義によって浄化されたならもう二度フェイトやレヴィアに手を出そうとはしないさ。


「んほっ───ッ♡」


「レヴィア、窓閉めて。あんなの聞かされながら授業受けたくないわ」


 春の学園の空に木霊する変態エルフの嬌声。

 しばらくはこれが学園の風物詩となるだろうな。


「あははは……。確かにちょっと嫌ですね」


 耳を塞いで聞こえないふりをするフェイトを見てレヴィアも苦笑いした。


「ところでアスくん。本当は何があったんですか?」


 ふわりと甘い匂いをさせながら俺の耳元でレヴィアが質問してきた。

 しかし、俺は逆に彼女の頭を引き寄せて魔力を込めて囁いた。


「心配するな。もうお前には関係ないことだ」


「ひ、ひゃい……」


 色欲魔法〈魅了の囁き〉を使うとレヴィアが顔を耳まで真っ赤にして席についたまま大人しくなった。

 魔法とはいえ、ただの言霊を宿したイケボだが効果覿面だったな。


「ほら、フェイトもいつまでも耳を塞いで突っ伏していないで顔を上げろ。授業が始まるというのにふざけるなんていい身分だな」


「アンタのせいでしょうがぁあああああああっ!!」


 騒がしい怒声が教室に響き渡り、大きな声に驚いて教師が慌てて入ってきた。


「フェイト・サウザンドウォールくん。教室では静かにするように」


「〜〜〜っ!!!!」


 声にならない怒りが熱波となってフェイトの体から放出された。

 やれやれ、寝不足と魔力不足の解消のために元気が有り余っているこいつから精気と魔力を頂戴するとしようではないか。


 色欲魔法〈触手腕〉。


 故郷から遠く離れて約半月。

 初めての学園生活はこうして喧しくも友人に恵まれながら上々のスタートを迎えた。

 近いうちに俺を心配しながら暮らしている実家の両親に手紙を出そう。

 いつか家族をこの中央都に呼び寄せるのを当面の目標としながらな。


 だからそれまで待っていろよ勇者。




 ──数分後。触手の粘液でベトベトになったフェイトがレヴィアの胸の中で泣いていたが、抱き合う美少女というのは絵になるなと思いました。




 ♦︎


 中央大魔王学園の校舎、最上階最奥。


「そろそろめぼしい新入生のピックアップが終わったんじゃありませんの?」


「そうだねー。今年は赤服だけじゃなくて白服の中にもよさげな子がいるねー」


「あぁ、楽しみですわ。彼らと血肉湧き踊る決闘をするのが」


「ちょいちょい。目的が違うんじゃないかなー」


「きちんと理解していますわ。わたくしたちが行うのはこの学園のトップを決める平等で崇高な生徒会戦挙ですわ」


「ならいいよー。キミは熱くなりがちだからねー」


「貴方も柄になく熱くなっているんじゃありませんの生徒会長さん?」


「あはははは。バレちゃったかなー」


 生徒会副会長の腕章をつけた少女は会長職の少年が持つ書類に目を落とした。


「キミが本物の色欲の魔王だっていうのなら、こちらも本気で相手をさせてもらおうか。──勇者の剣を使ってね」






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