第114話ネール将軍

―グレア帝国遠征軍本陣(総大将・ネール陸軍大臣視点)―


「閣下。クニカズが起こしたクーデターによりポール将軍は失脚し死亡が確認されました。女帝派が復権し、すべての指揮権を奪取したようです。いよいよですね」


「ああ、そうだな。さすがにクーデターによって自壊してくれればよかったんだが、そうはならなかったか。どうやら、さらに血を流す必要があるようだな」

 わしはクーデターの成功を残念に思いながら、つぶやく。やはり、うまくやったか。クニカズは。

 あの外交儀礼のパーティーの際に会談しただけだったが、傑物だと思った。60年以上生きてきた中で、敵ながら最も才能を感じた軍人は彼だった。


 まるで、数百年後の未来を生きているかのような才能と発想。できることなら戦いたくはなかった。今回のクーデター騒ぎでお互いの戦力を消耗してくれればよかったのだが……


 結果を見れば、クニカズの方に支持が集まりポール派は簡単に崩壊した。ほとんど戦力を消耗することなく、クニカズは自国の軍をすべてまとめ上げたことになる。


 本来であれば、この好機を逃したくはなかった。全力で敵の南方方面軍の防衛線を叩き、一部を瓦解させることでその奥にいる敵の中央軍を壊滅させる。そうすれば、クニカズが政権を奪取してもすぐに崩壊するはずだった。だが、南方方面軍は善戦し、要衝であるロスブルクで徹底抗戦を仕掛け、クニカズのことを助けるかのように時間を稼いでいた。まるで、自分たちが犠牲になっても、クニカズなら国を救ってくれる。だからこそ、彼のために時間を稼ぐ。そんな意思を強く感じていた。


 ロスブルク陥落まで2週間を費やしてしまったことで、歴史は大きく変わってしまっただろう。ロスブルクをすんなり落とすことができたのなら、クニカズは悲劇の英雄になっていたと思う。


 だが、ここで負けるわけにはいかない。あのようなひよっこたちに負けているようでは、死んでいった戦友たちに申し訳が立たない。すでに、宰相の切り札はこちらに派遣されている。ならば、毒は同じ毒を以て毒を制すしかない。


 数の上ではこちらが有利。ただし、敵は戦意豊富でアルフレッドとクニカズが率いている。もはや、ポールが率いていたヴォルフスブルク軍とはまるで違う軍隊と考えた方がいい。


 次の決戦が、本当の意味で天下分け目の大決戦。ここで勝利した方が大陸の覇権を握ることになる。生涯最後の大決戦か。血沸く。


「全軍、ロダン高原に向かう」


 ついに、決戦の地に両軍は集結していく。


 ※


「クニカズ総監。前線で航空魔導士同士の衝突がはじまりました」

 部下の一人から連絡が入る。


「始まったな。俺たちも加勢にでるぞ。出撃の準備だ」


「了解」


 最前線に近い基地に俺たちは集結していた。制空権というものは結構厄介だ。一度、航空優勢を確保したとしても、数時間後もしくは数日後には簡単にひっくり返っている。


 なぜなら、航空戦力はその場所にずっと待機することができないからだ。燃料や武器を補給するために、帰投する必要が出てくる。つまり、制空権は流動的になりやすいのだ。


 もちろん大戦末期の日本軍のように物量で圧倒されている場合は話は別だが。間断なく攻撃が行われている状態や航空機生産ラインに大きな損害を受けている場合、そもそもパイロットが不足している状態。そのような圧倒的な差が発生している場合なら制空権は確保できるが、両者にまだ余裕がある場合は、制空権は流動的になりやすい。


 もちろん、他国に攻撃するために長距離の移動が必要な攻め手の方が、守備側よりも負担が多く難しいとされているが……それは地上軍でも同じだ。


 だからこそ、世界最強の軍隊を持つアメリカは、開戦当初に徹底的に敵の防空網や航空基地、情報通信施設を優先的に攻撃する。ステルス爆撃機や巡航ミサイルを使って。


 それは、物理的な航空機運用能力を奪うためだ。航空機を飛ばせない状況を作り出してしまえば、制空権は確保可能となる。


 だが、ヴォルフスブルクとグレアのように実力が均衡している勢力同士では一方的な制空権確保は困難だ。よって、地上部隊は敵の攻撃を常に警戒しなくてはいけない。


 対抗策としては、対空ミサイルなどを多数配備してハリネズミのように守る、囮を使って敵の航空機の攻撃を誘導する、部隊を地下や秘密トンネル・森などに隠すなどが考えられる。


 これがうまくいった例が、ロシア軍に対抗したウクライナ軍だ。

 初戦のロシアの猛攻に対して、ウクライナ軍は重要部隊の退避や隠ぺいを見事に成功させた。


 そして、防空網の生存に成功したことで、ロシア戦闘機やヘリコプター部隊に大きな損害を発生させた。開戦当初にロシアは自信満々に制空権確保を発表したこともあって、見事にウクライナの欺まん工作に引っかかったことを露呈している。


 俺はこの知識を持ち合わせている。だからこそ、それを利用するつもりだ。地上部隊を指揮するアルフレッドとは綿密に打ち合わせをしている。練度も十分だ。


「頼むぞ、アルフレッド!!」


 俺たちは出撃準備を整える。


 ※


―グレア帝国防衛研究所著『第一次大陸戦争史』より引用―


 第一次大陸戦争における最大の激戦であるロダン高原の決戦については、グレア帝国側・ヴォルフスブルク帝国側の両陣営から膨大な証言が伝えられている。ロダン高原の決戦が戦争の勝敗を分けたというのは、後世の歴史家の標準的な見解であり学説化している。


 この激戦においては双方に膨大な戦死者・戦傷者を発生させた。


 後にグレア帝国の航空戦力の権威となったガダラン将軍はこう語る。


「私はロダン高原の決戦時においては、まだ士官学校を卒業したばかりの少尉でした。当時はまだ航空魔導士の黎明期で、両軍ともに手探りの状態だったと思います。私も学校ではあまり多くを学ぶことができませんでした。しかし、敵側のクニカズたちは違います。彼はまだ黎明期だった航空魔導士と言う兵科について深い理解と考察を持っていました。あの戦争から数十年後に生きる私でも、おそらく彼の領域には達していないはずです」


「将軍はロダン高原の決戦においてどのようなことをなされたのですか?」


「私は偵察兵でした。まだ、戦力ともいえない弱兵で、敵と遭遇した場合はすぐに逃げろと言われていましたね。最大の激戦地であるロダンには双方のエース級魔導士がそろっていましたよ。あの空域においては、階級や名声なんて関係ない地獄です。相手をしている航空魔導士が自分よりも実力者なら問答無用で撃ち落とされる。少しでも気を抜けば、敵の地上軍の反撃にやられる。自分の実力しか信用できない過酷な状況で、運まで絡んでいました。航空魔導士たちは、あの空域を"エースの墓場"と呼んでいたことを今でも覚えています。血に飢えた狼たちが、お互いを殺し合う蟲毒こどくのような環境でした。どんなに実力を持ったポテンシャル豊かな魔導士でも、次の瞬間には火球に包まれてしまう。あの戦場には、まだ回収されていない両軍の英霊たちの遺体が埋まっているとも聞きます」


「……」


「そして、その中でも妖精の加護を受けたふたりは異彩を放っていた。クニカズの前にクニカズなく、クニカズの後にクニカズなし。よく言われる言葉ですが、本当の意味はあの戦場で彼を見たことがある人だけしかわからないでしょうね」


 将軍は自嘲気味に笑った。まるで、神の持つ理不尽さを説明するが如く。

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