第95話ポール局長の工作

「……以上が昨日の報告です。ザルツ公国の過激派はほとんど捕縛できました。現在は、内務省が残党の掃討に入っております。帝国建国1周年の式典で、テロが起きる可能性は低くなったとみていいでしょう。ただし、今回の過激派の裏にはグレア帝国の影があったことも報告させていただきます。過激派のテロよりも、帝国の諜報員の暗躍のほうが脅威となると思います」


 俺は、ヴォルフスブルク将官会議で報告する。すでに、女王陛下には連絡済みだ。アルフレッドと大臣にも事前に話をしておいた。


 こちらには政府内部に裏切り者がいる可能性が高いとはっきり伝えてある。だが、今回の将官会議には、どこで情報の漏洩があるかわからないため、あえてぼかして報告してある。


 ただし、表向きは作戦が無事に成功し、クーデターやテロの企ては事前に対処できたことになっているので皆、顔をほころばせていた。


「さすがはクニカズだ。女王陛下もほめていたぞ」


「ありがとうございます」


 俺とアルフレッドは形ばかりの会話をした。すでに、話が済んでいるとことを悟らせないための小細工だ。


『やはり、クニカズ少将は昇格だろうな。このスピードで中将なんてありえないよな』

『ああ、だが実績を考えたら遅すぎるともいえるぞ』

『俺たちみたいな凡人には関係ない話だろ。でも、どのポストに空きがあるんだ?』

『軍務局長だろう? 今の局長は次の人事で予備役行きらしいし』

『おい、あんまり大声で言うなよ、聞こえるぞ。それに軍務局長は少将が就く地位だろう? すでに、昇進が内定しているクニカズはそこを飛び越えていくに決まってるじゃないか』

『あのポール局長も終わった軍人か。クニカズが出てくるまでは、出世レースのトップだったのに、あんなに簡単に落ちぶれてしまうんだなァ』

『クニカズは、おそらくどこかの軍団長だろう。もし戦争になったらあの指揮力と戦闘力を後方に置いておくのはもったいない』

『だが、西部軍や南方軍の軍団長だと、グレアやマッシリアを刺激しかねないぞ。俺たちと戦争を引き起こそうとしていると焦るのが目に見えている』

『有能すぎて逆に問題なんて、羨ましいかぎりだな』


 軍人たちは大好きなうわさ話で盛り上がっていた。ポール局長だけが屈辱で手を振るえているのが見えた。


 人事は残酷だ。軍務局長は、不機嫌な顔で会議室を出て行った。


 ※


「殺してやる、殺してやる。クニカズは絶対に許さないっ」


 ※


―ポール局長視点―


「くそ、あいつらは俺がうまく行っていた時はすり寄ってきていたのに、俺の流れが悪くなると陰口ばかり叩きやがって……だが……」


 ザルツ公国の残党が壊滅状態に陥ってしまったのは予想外だった。式典中にあいつらが武装蜂起して、王都に乱入。ゲリラ戦を仕掛けながら、機を見て帝国首脳部を暗殺する計画だったのに……


 そのまま、俺はグレアに亡命し、向こうで重用される計画だ。俺のことを理解しないこんな腐った国は滅びればいい。帝国統合の象徴であるあの女君主か、軍の事実上のトップであるアルフレッドでも死ねば、この帝国は瓦解する。


 かなり、無理がある統合だったのだ。

 ヴォルフスブルクは、近隣諸国から白眼視されていた経緯がある。あの忌々しいクニカズが、ローザンブルクという大国を打ち破ってなんとか成立させた統合だ。


 その精神的な支柱がこの世を去れば、間違いなく空中分解する。女帝か軍の事実上のトップでありクニカズの庇護者であるアルフレッド。このどちらか、もしくは両方が消えれば……


 もう一つの超大国は崩壊し、グレアだけが残る。向こうの首脳部はそう思っているらしい。

 最大限の恩を売るチャンスだ。


 仮に計画が失敗しても、俺が首謀者だとばれる心配はほとんどない。ならば、強気にやれる。


 クニカズだけが問題だ。あいつがあの二人の護衛をしていれば、間違いなく暗殺は失敗する。


「あいつだけは、会場から遠ざけねば……」


 自分の運命をかけた賭けのために、俺は権限をフル活用して暗躍を始める。

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