第72話

 そして、俺たちは空中を高速で移動する。

 お互いに有利になる敵の後方を奪い合うための戦いだ。


 前世の空中戦なら後方に攻撃できる手段がほとんどなかった。魔力を使っての航空戦であれば、スピードを犠牲にして、無理な体勢から後方に攻撃することも可能だが、外れた場合のリスクが大きすぎる。お互いに並行して浮遊し、スピードを出し過ぎてもいけない。相手に合わせるのが重要だ。


 だが、それはあくまでも教科書通りの場合だけ。


 ここは常識が通用しない新しい戦場だ。そして、前世での知識を持っている俺が圧倒的に有利なのは変わらない。


 相手の意表を突くことができれば圧倒的に有利になる。


 俺は全力でスピードを上げた。


「なんだと!? 敵に背中を見せる大悪手をするのか、ブラウンウルフ……」

 向こうのエースは驚きながら困惑する。


 そして、攻撃を俺に向けて発射する。


 だが、そんなものは当たらなければどうとでもない。


 技術力の差は圧倒的だ。スピードを上げれば上げるほど、敵の攻撃をかわしやすくなる。さらに、いくら才能がある魔導士でも連続攻撃は負担が大きすぎるからな。いつかは、息切れする。


 もし、避けられない攻撃が飛んできてもダンボールの妖精が守ってくれる。


「なぜ、当たらない。どうして、そんなに早く自由に飛べるんだ!!」


 攻撃が当たらない焦りと魔力の消耗。そして、長時間飛んでいることの疲労。人間は機械ではない。肉体的な疲労と精神的な摩耗からは逃げることはできない。


 敵のエースの攻撃に乱れが生じた。


「終わりだ!!」

 俺はそれを待っていたかのように、スピードを落として後方に向けて攻撃を開始する。


 連続で射出できる下級魔力の火球を後方に向かって5発作った。


 下級魔力は普通であれば、殺傷力は低い。だが、二人は高速で移動している。そのスピードがそのまま攻撃力に変換される。さらに、背中にある魔道具に引火でもしようものなら、下級魔力でも大爆発を引き起こしかねない。


「まさか、俺は圧倒的に有利な位置につけたのに負けるのか!? これが才能の差か。それとも……」


 言い終わらないうちに、ザルツ公国のエースは火球に襲われた。力を使い果たした彼に5つもの火球を避ける余力は残されていなかった。


 クニカズの攻撃がそのまま致命傷になり、浮遊力を失ったエースはそのまま地面に落下していき、地上付近で爆発する。


 史上初めてのエース魔導士同士の空中戦はこうして終わりを告げた。


 ※


―ザルツ公国地上軍―


「まるで悪魔だ」

「なすすべもなく、こちらの航空魔導士が……」

「逃げろ、あんな奴に狙われた命がいくらあっても足りない」


 ※


 敵のエースを落としたことで勝負は決した。

 すでにほとんどの敵の航空部隊は無力化した。敵の司令部は、こちらの空襲で崩壊させている。指揮系統がなくなったうえに、制空権を喪失した場合……


 地上は地獄と化す。


「逃げるな。ザルツ公国の兵の精強さを見せてやれ」

 このように意固地になっている将軍の下につく部下は悲惨である。空の攻撃が制限されている状況下で、一方的に攻められて組織的には崩壊する。


 優れた将軍は、部下の損害を減らすために撤退を開始している。だが、そのような将軍は数が少なかった。ほとんどの兵士たちは、空襲のなかに孤立して各個撃破されていく。


「地上部隊に反転攻勢の合図を出せ。もうすでに指揮系統は崩壊していて、敵は烏合の衆に過ぎない」

 俺が叫ぶと部下が空高く爆発魔力を発射する。花火のような音を立てて、後方の地上部隊に合図を送った。


 すでに、空中からの攻撃で散り散りになっている敵軍は、こちらの地上部隊の連携された動きによって各個包囲殲滅されていく。まだ、強固に抵抗している場所には、こちらから向かい地上支援をおこなっていく。


 地上部隊と航空部隊の連携はこの1年間でかなり訓練した。


 今回の反攻作戦はその訓練通りに事が進んでいた。


①敵の航空魔導士を撃破し、制空権を確保する。

②制空権を確保したのちは、地上攻撃に移行する。その際の主要な目標は敵の指揮系統・補給部隊・対空砲火を持つ部隊を優先的に叩く。

③地上部隊の指揮系統がずたずたになった後に、地上部隊が攻勢に出る。

➃航空部隊は敵地上部隊を随時、叩いて戦線に穴をあける。

⑤地上部隊は機動力を優先し、敵を包囲殲滅する。


 この5段階がヴォルフスブルクの基本的な戦術となって共有されている。


 ちなみに、この戦術論はイラク戦争から拝借した。


 大量破壊兵器が存在しなかったことやその後の地域の混乱を引き起こしたことで批判されることが多い戦争だが、戦術においては大きな意味があった。


 数の上では少数の米軍が、ハイテク兵器を生かして技術力の差で数に優るイラク軍を圧倒したのだ。その際はステルス戦闘機やステルス爆撃機、巡航ミサイル、スパイ衛星、IT技術を活用し、初期の空爆で敵の指揮系統を崩壊させて、敵の地上部隊を無力化したことが大きい。


 今回の作戦も、技術力の差が明らかな場合で確実に制空権が取れるからこそ立案されたものである。

 ここまでの差がある状況ならザルツ公国の命運は風前の灯火になる。


 こうして、ザルツ公国主力部隊は壊滅した。

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