第69話敵国から見たホームレス


 最初のキスは、何が起きたかわからないうちに終わってしまった。お互いの体温が伝わって、お互いのくちびるがとても柔らかいものだと認識し合ったところで、二人はゆっくりと離れる。


 俺たちはお互いに顔を真っ赤にしながら、うまく目線を合わせることはできなかった。

 ずっと緊張していたから。何が起きたかわからなかったというのもある。少しだけの後悔と、それを上回る嬉しさ。


 彼女が行動してくれたおかげで俺はやっと自分の気持ちをまとめることができた。

 俺は、ターニャのことが好きだったんだ。


 こんなどうしようもなかった俺のために居場所を用意してくれた恩人。

 これまで一緒に戦ってきた戦友。

 そして、恋人や夫婦のようにずっと連れ添った大事な異性。


 彼女は近すぎて大切なことに気づくことができなかった。


「しちゃいましたね、キス?」


「ああ」


「ビックリしました?」


「うん」


「でも、ずっと好意は伝え続けていましたよ?」


「そうだけどさ。まさか、こんなに急に」


「センパイがいつまでたっても手を出してくれないからですよ」


「ごめん」


「本当にヘタレです……えっ!?」


 もう言われないように、今度はこちらから彼女に向かってキスをする。彼女も一瞬ビックリして目を大きく開けたが、すぐに閉じた。そして、その笑顔はどことなく嬉しそうだった。


 今度はふたりだけの時間をゆっくり味わうように俺たちはキスをする。


「不意打ちずるいよ」


「それ、こっちのセリフだ」


「私はいいじゃないですか」


「じゃあ、俺からは嫌か?」


「ううん、嫌じゃない。むしろ、センパイからしてくれて嬉しかった」


 俺たちはどちらからともなく指を繋いだ。この関係が永遠に続くことを祈って。


「センパイ、大丈夫ですよ。これからも私たちはずっと一緒です」


 俺たちの夜は更けていく。


 ※


―ヴォルフスブルク帝国・ザルツ公国国境付近(ザルツ公国一般兵士視点)―


 ついに戦闘が始まった。地面は大きくめくれる。砲弾と魔力による爆発。それから身を守るために塹壕に隠れている。敵の攻撃が終われば、今度はこちらから突撃だ。


 ここ1年間、常に緊張関係をはらんでいた我が祖国とヴォルフスブルク帝国はついに開戦した。我が方が奇襲攻撃を仕掛けて、敵の前線を撃破。内々では、大陸最強国家のグレア帝国とマッシリア王国も義勇兵を参戦させてくれているらしい。これならいくら相手が大国でも勝算はある。


 初陣である自分は、もっと戦争は華やかな場所だと思っていた。だが、本物の戦争はもっと泥だけで鉄のにおいが充満している。


「なぁ、新人。知っているか」


「何がですか、伍長?」


「このにおいはな、砲弾だけじゃねえんだよ。人の血の匂いも含んでいるんだ。気いつけろや。お前も気を抜けばすぐにこうなる」


 俺は生唾を飲み込んだ。


「見えたぞ。ザルツ公国航空団だ!! グレア帝国から来た義勇軍も一緒だぞ。これで勝てる!」


 誰かが叫んだ。新たに結成された航空魔導士隊だ。その精鋭部隊が、空に絵を描くように移動していく。神々しい景色だった。人間はついに空まで制圧した。できないことなどない。そう勇気づけられるような気分だ。


 航空魔導士隊が敵の地上部隊を攻撃し始める。


「みろ、新人。まるで神の怒りだ!!」

 伍長は興奮している。


「すごい、これなら勝てる!!」


「いくぞ、皆突撃だ!」

 司令官がそう叫んだところで空中でいくつもの大きな爆発が起きた。


「えっ?」


 まるで神のように頼もしく思ったこちらの航空団はひとつの大きな光に次々と撃ち落とされていく。


「巨大な魔力波を探知しました!!」


「なんだと!?」


「これは……ヴォルフスブルク第一航空魔導士隊です。指揮官は……」


「ヴォルフスブルクのブラウン・ウルフ……クニカズか!!」


 魔力の光がすぐに通り抜けていった。俺たちの後方で巨大な爆発が起きた。


「司令部がやられた」


「どうするんだ」


「身を隠せ。やられるぞ」


「どこに!?」


 塹壕は次々と空襲されていく。空は完全に敵の支配下にあった。


「俺たちどうなるんだ。これはもう戦争なんてもんじゃない。ただの虐殺だ」

 それがベテラン伍長の最期の言葉だった。巨大な爆音とともに俺たちは塹壕の外に吹き飛ばされる。


 痛みと共に空には敵の航空魔導士隊が舞っているのが見えた。


 小隊は自分を残して全滅している。もうどうしようもなかった。故郷のことを思い出しながら、彼は空を舞う悪魔に笑った。

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