第59話ホームレス新国家を語る

 そして、外交交渉がはじまる。

 こちらは政府首脳がほとんど集まっていた。俺も随行員として参加している。


「それでは単刀直入にお話ししましょう。我がグレア帝国皇帝陛下は、急速に勢力を拡大する貴国について大変憂慮しております。近い将来、この世界秩序を破壊し世界に破滅をもたらすのではないかとね?」

 グレア帝国皇帝の名を持ち出してこちらを威圧する。それに対して、女王は否定する。


「お言葉ですが、宰相殿の発言は杞憂にすぎませんわ。我々はふりかかってくる火の粉を払いのけただけにすぎません。ローザンブルクは我が国を陰謀によって陥れようとしていました。両公国は突然奇襲を仕掛けてきたのです。我々は自衛権を行使したにすぎませんわ」


「ならば、抑え込むだけでよかったでしょう。しかし、貴国は両公国を併合し、ローザンブルクと係争地になっていた領土を奪還した。この事実だけでも、貴国が国際秩序を破壊し領土欲に燃えていると断言できる」


「いえ、それは違います」


「何が違うというのですか、女王陛下?」


「そもそも私たちが秩序の破壊者ではありません。我々は秩序を維持するために動いたのです。破壊者は我々が制圧しました。今後はより平和な時代が続くことになるでしょう。我々はすでに大国と言えるほどの力を持つことができました。今後はその力を秩序の維持と国際貢献のために使っていくつもりです」


 さすがは女王陛下だ。政治という場だけなら、向こうの宰相と互角の力を発揮している。

 ゲーム世界でも政治力と知力なら女王陛下も最強クラスだったから……当たり前と言えば当たり前だが……


「ですが、周辺諸国には貴国に対しての疑心暗鬼を生じております。貴国が国際秩序の安定を約束するなら行動で示してもらわねばなりません」


「といいますと?」


「貴国の軍事優位です。具体的に言えば、航空魔導士ですね。この技術の独占によって、貴国のことをどうしても恐怖の目で見なくてはいけなくなる」


「だから、技術を開示し自ら軍事的な優位性を捨てろと?」


「ええ、それが一番効果があるやり方です、陛下?」


 航空魔導士の軍事技術の優位性が崩壊すれば、ほとぼりが冷めたらすぐさまグレア帝国との全面戦争になるのは明らかだ。


 だが、ここでそれを拒否したら国際関係における信頼関係は暴落する。まさに、悪魔の質問だな。


「……」

 女王陛下は目を閉じて思案している。


「答えはイエスかノーだけです。それ以外は拒否とみなします」

 そう宰相は脅した。


 ※


 女王陛下はこちらを振り返り笑った。

 その笑顔は俺の友人のウイリーだった。


「計画通り」

 ここまではすべて俺たちの手のひらで動いていた。

 ヴォルフスブルクの巨大化をある程度許容する代わりに、独占している軍事技術の公開を要請する。宰相は優秀な政治家だから逆に行動は読みやすい。


 ここで断って開戦もひとつの手だが国際的な信用に大きな傷ができる。

 クラウセヴィッツも著書の『戦争論』で言っていることだ。「戦争はあくまでも外交や政治の延長線上にあるにすぎない」とな。


 向こうの提案は一種の融和政策だ。その間に国力が強化されたヴォルフスブルクで準備をおこなえば大陸最強国家とも戦える力を持つことができる。


 臥薪嘗胆がしんしょうたん。ここでは屈辱に耐えてあとで復讐すればいいんだ。


 さらに、航空魔導士の技術はこちらが独占している。だからこそ、多くのブラックボックスがあるんだ。仮に技術を教えたとしても再現するには時間がかかるだろう。


 そして、旧ソ連がよくやっていたやり方をさせてもらう。

 モンキーモデルだ。


 ソ連は友好国に格安で武器を譲っていたが、実は国内で配備されているものよりも質が悪いものをわざと渡していたんだ。


 戦車の装甲を弱体化させたり。

 戦闘機の索敵能力や攻撃能力が劣化していたり。


 これにはいろんな理由がある。ソ連よりも友好国の技術が上回らないようにするためだったり、反乱を防止するためだったり。


 だが、この考え方は使える。

 俺たちが技術を独占している以上、劣化コピーを渡しても向こうは判断基準がない。だから、おかしいと思っても追及は難しくなる。


 おそらく宰相もそのリスクは覚悟しているだろう。だが、今回のボルミア航空魔導士隊がこちらになすすべもなく大敗した事実を考えれば、劣化コピーであってもこちらの技術が欲しいということだろう。この提案は向こうからのメッセージだ。


「そちらの領土拡張については、ある程度は許容する。その譲歩の代わりに軍事技術を差し出せとな」


 女王陛下は、俺と一緒に首を振る。


「わかりました。その条件でこちらは構いません」


 こうして、グレア―ヴォルフスブルク合意が作られた。

 開戦は先送りとなり、お互いにナイフを背中に隠したまま、にらみ合いを続けることになる。

 軍事的な優位性をある程度崩すが、大ヴォルフスブルクの復活は認められた。

 これがヴォルフスブルクは名実ともに大国の仲間入りだ。


 そして、対ヴォルフスブルクのために一致団結していた国際秩序は崩壊する。表向きは維持しているが、グレアとヴォルフスブルクの水面下での冷戦がはじまる。


 今日ここから歴史は変わる。


 ※


 こうして交渉は成立した。女王陛下と俺は緊張から解放されて、2人だけで祝杯を挙げた。もちろん、グレア帝国からもらったウィスキーでだ。


「お疲れ様でした、ウイリー!」


「ありがとう、クニカズ。すべてあなたの予想通りになったわね。まさか完璧に読んでいたなんて……」


「いや、あの宰相はすべて合理的に動いていた人ですからね。合理的に動いている人はある意味、読みやすいというか……」


「それでもすごいわ。閣僚たちは、別の意味で顔面が蒼白だったはずよ。『どうして、ここまで計算しているんだ』とか『クニカズ大佐は預言者か』とか皆つぶやいていたもの」


「恐縮です。ですが、今回の成功の立役者はウイリーだよ。あの怪物相手に一歩も引かなかった」


 そう言って、俺たちはロックグラスをコツンとぶつけ合う。ロウソクに照らされているだけの部屋で、俺たちはお互いの労をねぎらうのだった。


「それはそうよ。だって、私にはあのグレア帝国宰相よりも怖い人がいるもの? そんな怪物といつも接しているだから怖がる必要ないでしょ」


「ほめ過ぎじゃない?」


「あなたの欠点は自己評価の低さよ、クニカズ。あなたは間違いなく世界最強の魔導士であり、世界屈指の政治家であり、戦略家よ。もっと自分に自信を持った方がいいわ。軍人が陰であなたをなんて呼んでいるか、知ってる?」


「いや、知らないな。なんて言ってるんだ?」


「"クニカズの前にクニカズなし。クニカズの後にクニカズなし"」

 女王陛下は少しだけ威厳を込めて俺に諭すように言った。言った後でこらえきれずに噴き出している。


「歴史上ただ一人の天才ってすごい誉め言葉ね?」


「恥ずかしいな」


「それでヴォルフスブルクきっての大天才さんは今後、どうやって国を導いていくのかしら?」

 少しだけ本気の声だった。


「俺が語っていいのか? 一介の大佐だぞ?」


「何を言ってるの? もうあなたは事実上の国の指導者のひとりよ」

 どうやら本気のようだ。ならば答えないといけないな。


「間違いなく、近い将来ヴォルフスブルクとグレアは激突する」


「ええ、そうね」


「だからこそ、俺たちは大陸最強国家のグレア帝国を打ち破る国を作らないといけないんだ。そのためには富国強兵政策を推し進める」


「具体的には?」


「今後は制海権が問題となる。グレアに海上封鎖されればこちらは物資不足になるのが目に見えているからな」


「そうよね。でも、世界最強最大の艦隊を簡単には追いつけるわけがない」


「だからこそ、数で勝てなくても質で勝てばいい。今まであえて、こちらは海軍の増強に手を付けなかったのはこちらの本命を隠すためなんだ」


「本命?」


「ああ、機動艦隊だ」

 俺はある構想を披露した。

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