第45話ホームレス女王陛下に報告する

「ということで、この港湾施設に敵国のスパイが潜り込んでいました。スパイは私が撃退したものの、この港湾施設の詳細を知られた可能性が高いと思います」


 俺がさきほどの件を将軍に報告した。


「なんと……」

 将軍は軍事機密の漏洩という最悪の状況を知って震えていた。


「ショックでしょうが事実です。今後は対応策を考えましょう」


 俺は青くなった将軍を慰めることしかできなかった。


『ああ、まさかこんなことになるとは』

『中央はもしかするとスパイの情報を知っていたのかもな』

『だから、クニカズ中佐のような大物が……』


「中佐。女王陛下には、あなたから報告してください」


「わかりました。将軍、あまり無理をしないでください」


「いえ、中佐。これは私の失策です。万死に値するものだと自分でもわかっております。せめて、責任は私だけに抑えさせてもらいたいのです。女王陛下には、我が命などいくらでも捧げます。部下は悪くありませんと陛下にお伝えください」


 将軍は先ほどまでのおどおどした感じは消え去り、まさに指揮官の顔になっていた。

 それは覚悟を固めた男の顔だった。


「将軍、女王陛下はあなたに死までは求めないはずです。その態度は人の上に立つ者としても立派ですし……別命があるまでは、まずは対応策を考えましょう」


「かたじけない」


 こうして、港湾施設の見学は終わった。後味は悪くなってしまったが、貴重なデータは手に入ったわけだし。


 しかし、本当に不思議なのは、あの女スパイはどうしてこんなに防備が固い港湾に侵入できたんだろうか。普通に見学するだけでも、かなり厳重だった。


 職人たちもプロ意識が高く、国を裏切るような感じでもない。


 内部に意図的にスパイを引き入れた内通者がいると考えた方がいいだろう。そして、この軍事機密の塊に敵国のスパイを引き入れることができるなんてよほど大物だろう。


 将軍はおそらくシロだ。

 彼と同等クラス以上のの高官の中に裏切り者がいるならば、それは国家クラスの危機になる。


 せっかくこれからみんなで頑張っていこうという時に……


 だが、警戒できるだけでも大きいよな。知らずに後ろからグサッとされたら終わっていたから。


 やることが多くて嫌になるが頑張るしかない。


「まずは、職員名簿の確認だ。不審者がいないか再度確認。それから金回りが良くなった不審者がいないかもだ。防備が薄いところは警備を強化し、補正予算も作れ。今日から忙しくなるぞ」


 将軍は有能な事務屋としての顔をうかがわせる。

 とりあえず、任せて大丈夫だな。


 ※


―王族専用の別荘―


 そして、女王陛下と合流した俺は先ほどのスパイの件を報告した。


「なるほど、さすがはグレア帝国の守護者と呼ばれる宰相ですね。まさか、我が国の港湾施設に直接スパイを送り込んでくるとは……クニカズ、本当にけがはないんですね。あなたは暗殺されかけたんですから、あまり無理をしないようにしてください」


「ありがとうございます。女王陛下、怪我などはしておりません。ご安心ください」


「よかった。あなたは、我が国の至宝です。そのような無理は今後は絶対にやめてください」


 ホッとした女性の顔をすぐに切り替えて、威厳のある女王に戻るウィリー。


「はい! そして、女王陛下には少将のことは寛大に処理していただきたいと思います」


「一番の功労者の言葉は尊重します。少将はおとがめなしとはなりませんが、できる限り寛大な処分にするようにしましょう」


「ありがとうございます。そして、女王陛下もお気を付けください。政権の最高幹部に裏切り者がいる可能性も捨てきれません。外国勢力と手を結んで、クーデターや要人暗殺の凶行に及ぶ可能性だってあるのですから」


「ええ、忠臣のアドバイスは心にとめておきます。いつもありがとう、クニカズ」


「今からウィリーと呼んでいいのかな?」


「そうよ、ここからはプライベートタイム」

 そう言って、彼女は俺にグラスを渡した。女王陛下のために用意されたフルーツジュースを分けてもらい、俺たちはベランダに用意された机で海を眺めならくつろぎタイムだ。


「乾杯!」


「乾杯!」


 彼女方からグラスを俺に向けてきたので、ゆっくりと杯をぶつける。


「海を眺めながら飲むジュースは最高だな」


「そうね、近くにあなたがいるから私にとっては最高の時間よ」


「えっ!」


「もちろん、友人としてね。男女じゃないからね、勘違いしないでね。父上が亡くなってから、私は大人の世界でずっと独りぼっちだったのよ? 10代の何もわからない女の子がいきなり敵だらけの政治の世界に放り出されて何年も……やっと、自分の理解者であり、守ってくれる人が現れたのよ。嬉しくないわけがないでしょ」


 彼女は海辺の日光を気持ちよく浴びながら、しっとり俺を見つめた。

 年下の女の子のはずなのに、彼女の少しだけ疲れた目が、とても色っぽく見えてしまった。


 こうして、ゆっくりと二人だけの時間は過ぎていった。


 ※


「そんなことをされて、好きにならないなんてありえないじゃない」

 彼には聞こえないように私は小声でつぶやいた。身分をこれほど恨んだのは初めてかもしれない。

 

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