第29話ホームレス、敵国の将軍を驚かす

―ニコライ将軍陣営―


 野営用のテントで目が覚めた。


 それはいつもの朝だった。

 補給も順調に進んでいると聞いている。もう数日で総攻撃をかけることができるだろう。ヴォルフスブルクの要塞も、前回の総攻撃で限界を露呈していた。たしかに、あの弾幕防御には驚いたが、連発するには時間の制限があると思われる。


 つまり、防御力を上回る飽和攻撃をおこなえば、あの難攻不落の要塞も陥落できる。


 さらに、兵数、物量はこちらの方が有利だ。向こうは要塞に籠もることしかできない。


「閣下。後方の補給基地から連絡が……」

 副官が急いで俺のテントにやってくる。


「ついに、第二回総攻撃の準備ができたか?」


「いえ、それが……」


 副官の様子を見て、それが朗報ではないことに気づかされる。

 まさか、後方で何かあったのか? どこの州が反乱でも起こしたか!?


「なにがあった。早くいってくれ」


「では、申し上げます。ラトウル補給基地とエストール補給基地の2か所が昨夜、敵の強襲を受けました」


「なんだと!? 敵のスパイによる破壊工作か? 被害は……」


「被害は、壊滅的です。こちらに運び込まれるはずだった弾薬は、ほとんどが炎上。補給基地の護衛にも多くの死傷者が……」


「なぜだ!? ヴォルフスブルクのスパイによる特攻だとしても、そこまで被害が出るわけが……」


「それが突如、夜の空から光が落ちてきて、物資を燃やし尽くしたということです」


「はぁ!?」


「原理は不明ですが、夜空から爆発音のようなものが聞こえたかと思うと、火の矢のようなものが空を覆いつくしたそうです。補給基地の兵士が言うには、まれで天上からの怒りのように見えたと。まるで、神話の世界のような光景だったと――まるで、神の雷だったと震えております」


「神の雷……」


「敵国には新兵器があるという噂や伝説級の魔導士が協力していると、兵も疑心暗鬼に陥っております。閣下、いかがいたしますか」


 やはり、異界の英雄の仕業だろう。神や新兵器など馬鹿馬鹿しい。

 おそらく、原理は単純なはずだ。


 問題はどうやって攻撃をしたのかだ。国境沿いには守備兵がいるため、陸路では移動できるはずがない。少数のスパイやゲリラでは、2か所の遠く離れた補給基地を壊滅させることは不可能だ。ならば、やはり空か!!


「副官、ここから補給基地に移動するために必要な地形がわかる地図を用意してくれ。おそらく、今夜も攻撃は発生するはずだ。他の基地も襲われたら、戦争はできなくなる。ここが正念場だ!」


 ※


 俺たちは夜の奇襲を終えて、無事に要塞に帰還する。


「クニカズ少佐!! アルフレッド閣下! みなさん、ご無事ですか?」

 リーニャ少佐が俺たちをすぐに出迎えてくれた。要塞も夜間攻撃は、発生していないようだな。よかった。


「ああ。20人誰もかけていないぞ。すべてうまくいった」


「ああ、完璧な作戦だったな。すべてはクニカズのおかげだよ」

 アルフレッドは満足そうにうなずいた。


 こちらの被害はゼロ。それに対して、敵は総攻撃用に用意していて物資の大部分を失ったはずだ。

 俺たちの作戦は、夜間に隠れて空中から補給基地に近づいて、火炎魔力ですべてを焼き払うシンプルな作戦だ。


 そして、今回は敵の人的な被害よりも物質的な被害がでるように企画していた。

 物資を失えば、ローザンブルクの戦略は完全に崩壊する。


 火力で要塞を無効化し、物量で押し切れなくなれば、チェックメイトだ。

 近世くらいの文明力なら大軍を動かすのに一番の問題は補給関係だ。


 高速で移動できる列車や航空機、トラックは使えない。最速の移動手段は馬で、馬車で輸送できる物資の総量は機械と比べると限りがある。


 だから、物資を喪失すれば、兵力を失う以上に立て直しが難しくなる。


 産業革命が起きていない世界だから、砲弾の量産は限界があるからな。


 おそらく、昨夜の攻撃で第2回総攻撃のために用意された物資の半数は喪失したとみていいだろう。

 それも敵軍にすれば、空中浮遊魔力によって空から奇襲されるとは考えていない。


 まるで、天から降り注ぐ光によってすべてを奪われたとか神の怒りとか思っているんだろう。


「アルフレッド、今夜も一気に攻撃してしまおう。4大補給基地をすべて無力化すれば、向こうも外交のテーブルに出てくるしかない」


「ああ、俺たちがどうやって攻撃しているかまだ分かっていないだろうからな。対策を立てる時間を与えずに一気に物資を葬り去る」


 俺たちは、第2波攻撃を決意した。これがうまくいけば、戦争は終わる。

 俺たちの勝ちだ。


「すごいです、クニカズ少佐は……航空戦力による敵国内部の防御が弱い補給基地への奇襲攻撃。こんな作戦を立案して実行に移せるのはあなたにしかできない。この"神の戦鎚トールハンマー"作戦は、たぶん歴史に残ります。軍事の歴史を数百年縮めましたね」

 俺はそんなに褒められると恐縮してしまうけどね。アルフレッドもいたずらっ子のように同意する。


「リーニャ少佐……ここでは終わらないぞ。たぶん、クニカズの頭の中にはもっとアイディアや知識があるんだ。まさに、ミーミルの泉そのものだ」

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