3
目の前に立っているのは、教会ならば必ず擁している聖木だ。聖大樹から枝を分け、挿し木にして、新たな聖木として各地に広められたもの。
だが、ここにあるものは、ただ枝から根を生やして大きくなっただけとは思えないほど立派な佇まいだ。これはもう、王都にあるすべての聖木の根源、聖大樹に並ぶと言ってもいい。
違和感も感じるが、天を突き破らんとする出で立ちなど、王都の大聖堂の様子を思い起こさせる。
「どうして、こんな場所に聖大樹が? それに……教会はこの地に関わっていないはずなのに?」
「そこで何をしている?」
頭の中に浮かぶいくつかの疑問が、その声で吹き飛びそうになった。
声の主は、そんなことはお構いなしにあきれ顔で立っていた。
「アベル様……」
気付けば大樹の幹に触れそうになっていた手を、アベルは静かに制していた。レティシアの視線が何を言わんとしているか察したのか、大樹を一瞥して自嘲気味に笑った。
「この木が気になるのか」
「気になるといいますか……」
「それはもう枯れている。とっくの昔にな」
「そう、ですよね……」
佇まいは聖大樹と重なるものを感じたものの、生命力を感じなかった。違和感の正体はそれかと、納得した。
「いくらお前でも、その木を甦らせることはできない。こいつは、もう俺たちに『恵み』をもたらすとは永久にないんだ」
「甦らせるなんて、そんな大それたこと……でもこれは、やはり聖大樹なのですね」
「
「……元?」
アベルは答えず、入り口近くに視線を移した。よく見ると、扉付近には耕具などが雑然と置かれていた。ここは今や、物置代わりということらしい。
「あの……この領地は教会から聖木を贈られていないんですよね?」
「この木は、もともとこの地に根を下ろしていたものだ。聖大樹の枝から生まれたものじゃない」
「もとから!? そんなことがあり得るんですか?」
「……俺が産まれる前からあったし、既に枯れていたんだ。そう聞いた、としか言えないな」
「だとしたら、枯れているとはいえ、聖大樹をこんなところに放置していいのですか?」
「こんな大木、そうそう動かせるわけがないだろう。それに枯れたから誰も教会に来なくなった。誰も来ないから手入れも必要ない。他に使い道もないから、この建物ごと物置として利用している……それだけだ」
いかにも、合理的なアベルらしい答えだ。
「枯れている……ということは、相当古いということですか? 王都のものよりも?」
「だろうな」
「この地の領主様でもご存じないほどはるか昔から、ということですか?」
「おそらくな」
アベルは、このかつて聖大樹だったものにまるで興味がなさそうだ。対してレティシアは、どうしてか興味関心が止まらなかった。
問いかけには律儀に答えてくれることに感謝して、疑問をまた言葉に変えた。
「王都で伝わっている話では、建国を祝福して神が聖大樹をお与えになり、聖大樹を中心にして王都が築かれたとされていますけど……この木はそれよりもさらに古いということでしょうか?」
「建国を祝福して……か。なるほど」
アベルの渇いた笑いが響いた。
「えぇと……王都で聞いた話は、間違っているのでしょうか?」
「いや、そうとは限らない。正確なことは俺も知らん。だがこの国の大半の地方では、今お前が言った話が信じられているな。このバルニエ領以外では」
「じゃあ、この地ではどんな話として伝わっているのですか?」
「……あのなぁ、まだ仕事が残っているんだぞ。無駄話をしている場合か」
アベルは積まれていた耕具をいくつか手に取って立ち去ろうとした。だがレティシアは、その足を縫い止めるような視線を向けていた。
「そんな言い方をされたら気になります」
「別に面白い話じゃない」
「それは聞いてから判断します。このままじゃ気になって気になって仕事が手に付かなくなって、アベル様の昼食だけ焦がしてしまうかもしれませんわ」
「……全員分一緒に作っているのだから俺の分だけ、ということはあり得ないだろうが……焦がされるのは困るな」
アベルは、諦めたようにため息をついた。
「手短に言うぞ。ここバルニエ領では、神より授かったこの木こそが聖大樹であり、王都ににはこの木の枝を献上したとされている」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます