記録9―平穏と冒険そして邂逅⑨―

出しぬける行動から翌日。

雲が垂れ込めり陽光が降り注がれる舗道。

目を覆い隠すサングラスにすすれたインパネスコートの格好をかためる同居人のイルデブランドは街の中を彷徨さまよっていた。

ジュエルショップの入口の前で無意味に行ったり来たりと入店するかと悩んで繰り返していた。


「ねぇスピネル。

あそこ入口の前でなんだか怪しい人が徘徊しているわ。自警団を通報するべきかしら、あっ気をつけて!目を合わせたらダメだよ。

あきらかに視線の先は貴女を送っていた。狙っている目をしているから気をつけてね」


宝石屋でスピネルはバイトしていた。ゆるふわなサキュバスの先輩にあたる二十代の先輩が自然に話すように笑顔でそれを報せてくれた。

きっと私の身を案じて、入口で怪しい行動をしている人に視線に気づいていない立ち振る舞いを演じていると解釈した。だがスピネルはその意図を読みながらも追い払おうと入口の方へ視線を向けると硬直する。


「あ、あの大丈夫ですよラクス先輩。

そんな怪しい人は力でねじ伏せてみせま……す……から……」


意気込んでいたスピネルは滴りの汗を流しながら言葉尻あたりから拙くなる。ぎこちなさにラクス先輩は不思議そうに首を傾げる。

そして想像にたくましい、ラクスは目を見開くと視線の先を塞がるように周って視線を妨げる。


「だ、ダメだからッ!?

もしかしたらストーカーかもしれないし……えーと、なにされるか分からないのよ。ここがいくら平穏の〖坩堝の魔界〗だからって犯罪を犯す人は中にいるのだからね」


「す、すみませんラクス先輩。でも怪しい人じゃないというか。えーと私の身内なんです」


「分かればよろしい……って。えぇぇーーっ!身内だったの。

もう私すごく怖かったのだけどぉぉッ!?」


「ほ、本当にすみませんでしたラクス先輩」


私よりも背丈はあるはずなのに胸の前でポカポカと効果音が鳴り響くような物理攻撃に叩いてきた。

ここでバイトしてそれなりに長い彼女はこれが計算ではなく素なのは知っていた。


(うーん。好きなようにヒューマンの手から作られらサキュバスって淫乱いんらんとかの色気を醸し出す言動をするような種族。

でもそれを与えられても私たちは呪いとして同じ境遇の種族から取り除けるようになっている。そのせいなのかな……)


桃色のロングヘアーをしたラクスはたわむれるように非難するが。先程までは恐かったのだろうと推測が容易な声音をして隠しきれていない涙目と手の震えていた。

この世界で創られたサキュバスの多くは、この色気を好まない。アイデンティティのように属性と悪魔として取り扱っているが現実それは乖離している。あのサキュバスと創られたサキュバスは別物だ。

そのため性欲などの呪いと忌み嫌うのが多くて醸し出している色気の魔力を解いている。

それによって純粋無垢なサキュバスはとても多く、異性には消極的な態度をみせる。


(それはサキュバスさんたちの望んだことで。今のラクス先輩も彼氏の話するとき……

なんていうか恋をしたばかりの少女みたいな瞳しているからな)


スピネルは心の中でそう呟きながら思う。

私もまだ若い十七歳で恋人がいないわけだし恋愛には偉そうなことをいえる立場でも語れるわけないからね……と自虐的に思った。


「そうだ!きっと悩んでいるのね。

スピネルの身内なら挨拶とかしないとだね。きっと大人の男性だからジュエルショップに入店しにくいだろうし」


「ま、待ってください!そのお気遣いどうも、でも私が話をしますのでしばらく席を外します」


「そういうことなら仕方ないか。

店のこと気にせずゆっくりと話していってね」


「あはは。ご、ご配慮ありがとうございますラクス先輩。すぐに話を終わらせるので」


屈託のない笑みに見送られながらスピネルは出入口に近寄る。外に出るとイルデブランドの屈強な腕を軋むほど強くつかむと無理やりにと引っ張る。「いってて、ちょっと乱暴なんだけどッ!?ねぇ聞いているのスピネル。いててえスピネルさんや」と情けない叫び声を上げながらも応えず無言で裏路地にと連れていった。


「それじゃあイルデブランドさん。

まず聞きたいことあるけど私のバイト先でなにをしていたの?」


腕を組みながら優しく笑顔でたずねる。

否それは詰問。そして後ろから溢れる負の感情が魔人が幻視される威圧感となりドワーフは怯懦する。自然と土下座となり見下ろされる瞳の奥には静かなる怒りで燃えていた。


「ひいぃぃぃッ!

昨日のことだよ。のんびりしていたら出ていくじゃないか。押っ取り刀で心配して後をつけたんだ。すぐ変装して何をしているかを探ろうとしたんだ。僕なりにね」


「なにも告げずに事だけは心配かけてごめんなさい。でも外を出る度に説明はちょっと。

それと変装に探偵コスプレを選んだのはどうしてですかイルデブランドさん?」


「追跡するといったら探偵の衣装と相場が決まっているからね。どうだいカッコイイだろう」


白い歯をみせて語り出した内容にスピネルは理解を超えた理由にこめかみを抑える。

私も大概だけどイルデブランドも相当だ。


「……とりあえず話の続きは保留としましょう」


「似てきたね」


武闘派な印象の強いドワーフ。 物静かに柔和な笑みで主語を飛ばした言葉を口にする。


「なにがですか?」


これも私が言えることじゃないけどイルデブランドさん言葉が足りないとスピネルは心中で愚痴ぐちる。


「呆れたときのスピネルのお姉ちゃんとそっくりなんだ。

思いますな今日のように。カンヒザクラとよく似るのは姉妹だからなんだろうね」


「似ているか……そんなことよりも早く帰りますよイルデブランドさん」


ため息をついたスピネルは、踵を返して帰路に就こうと進み出す。


「ま、待ってよぉぉぉッ」


慌てて立ち上がるイルデブランドは急いで横に並ぶ。まだ怒っているのかなと自省しながらスピネルの顔を一瞥いちべつする青年は少し安堵と意外感を覚えた。

なんとスピネルは朗らかに微笑んでいたのだ。

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