記録8―平穏と冒険そして邂逅⑧―

打ち合いを休ませる暇も時間さえ殆ど与えなかった。イルデブランドは満身創痍となる。


「いたた、明日は筋肉痛だな。これは」


「まだ若いんですから平気ですよ」


「若くても筋肉痛はなるんだよスピネル」


その痛みをよく知らないキョトンとする彼女にドワーフは乾いた苦笑をこぼすしかなかった。

エルフとドワーフの二人は家に戻る。

エルフはすぐに纏めていた髪を解くと身嗜みを整えると家を出て街の中へと繰り出す。

高いビルの林立、連なる下を歩きながら野菜や菓子類などを並べる露店を一瞥していく。

挟んだ道路には様々な種族が混ざる活気的に往来している。スピネルの様相は雑踏の中ではとくに際立つ。

エルフの種族は長命で美貌として作られているがスピネルはそれを引いても群を抜いていた。


「アスランさーん、リンゴ百個くださいなあ」


くだもの屋に商品のリンゴを一つ手にしたスピネルはかじりながら支払おうと声を上げる。黄色の肌を持つオークは振り返るとその豪傑な振る舞いに瞠目して言葉を失う。


「うわあー、食べてから払うのか。

まあいいが。すまないスピネル。あいにくと百個は置いていないんだよ。二十三個ならあるけど全部リンゴ買うのかい?」


「うーん、気が変わったからいいかな。

ユーモアはこの辺にしておいてと、アスランさんリンゴ十二個をお願い」


「……スピネルは果実が好物なのは知っているがあまり食いすぎてお腹を壊すなよ。

ほれ値段は1300円」


支払いはドルでも金貨でもなく日本円で流通している。古今東西それまでの名前で維持を続けようとするのは変化が激しいからこれだけはそれまで通りに変わらずままと学者たちにのる様々な解釈がある。


「うん?数量的に一個分なんか余分に掛かっていない。もしかして騙そうとしていない」


「いやいや。お前が齧ったリンゴを含めてだ」


失敬なと店主は怒っては疲れたと息を吐く。会計を済ませるとスピネルは箱詰めした紙袋を持って店をあとにする。

オークのアスランはここへ移住することになってから生存本能からくる繁殖期の欲動を薬によって抑えている。繁殖というのを目的なため研究所ではその衝動をテーマに研究している。脱出してから欲動という呪いを抑える施しを受ける事となっている。とくにアスランは酷い症状だったので本人の希望もあり劣情を著しく低下させた。その結果として誰に対しても隔たりのない接し方をするようになった。


(それまで私たちは研究所で何らかしらの研究材料として作られた。ただの道具か慰めものだけにしたというものもあった。

それを駆逐する勢力もいるとイルデブランドがそう言っていたよね確かそんなことを)


ここはヒューマンによる従順な生き方を強いられることにはない基本的人権を尊重と安寧を大事にする街〖坩堝の魔界〗。

命名したのは人類が付けたとされているが変更せず他種族もそう呼んでいる。

坩堝なのはたしかではあるが魔界は不適切な表現。当たり前のように享受していることで笑顔や熱意のある顔を多くが広がる小さな箱庭。

ここは生まれて淘汰された生活しか知らない境遇で生きて逃げて辿り着いた人権を約束された幸せな街。

平穏で温もりのある環境。優しい生活に満足していスピネルだからこそ姉の行動が解せなかった。


(姉さんはどうしてここを永住するよりも旅を選んだのだろう?いくら行動力があるからといっても私たちの扱いは人畜じんちくよりも以下として見られる。

なにが姉さんの動機はなんだろう。

どうして旅しようとするのか……検討がつかない)


紙袋からリンゴを取り出して口に頬張りながら歩いて進むスピネル。

服飾屋に寄って将来の兄となるイルデブランドが似合いそうな洋服を探して選び購入。

それからはスーパーで買い出しを肉じゃがでも作ってもらおうと仕事で入った金を支払ったりした。

気づけば大荷物となるスピネルはそれらを軽々と持ち上げて帰路につこうとする。


「な、なぁ。あの子をみろよ」


「マジかよ……あんな華奢な体格しているのに大男みたいな持ち方をしているなんて。大丈夫かな」


「口笛とか吹いているし。心配いらなくねぇ」


「だな。エルフなのにパネェ筋力じゃん」


周囲から奇異な目やら懸念された視線を向けられながらもスピネルは、どこ吹く風だった。

レンガで積んで建てられた家の前に着くとスピネルは荷物を置いてドアノブを回す。


「ただいま」


いったん手を空けるために置いた荷物を玄関の中へと移す。あとでイルデブランドに手伝ってもらい冷蔵庫の中へ一緒に運んでもらおうとスピネルは考えていた。

その間に彼は調べごとにに没頭していた。イルデブランドが二階から自室へと降りてきた。


「おかえり。

な、はぁ、えっ!?これはまた買い物したものだねスピネル無駄遣いは程々にするんだよ」


「そうしまーす。それよりも手伝ってください」


「ああ、はいはい。運べばいいんだね」


もう慣れた様子でイルデブランドは返事をすると置かれた袋を持ち上げてリビングへと運び出す。こんなことは今から始まったことじゃないと物語っている。

居間に運んでから開封して、またも収納家具などに丁寧に入れていく。二人がかりで片付けると彼は椅子に倒れるように腰掛ける。

スピネルとの生活は嵐のようだとイルデブランドはそう思い身体がいくつあっても足りないぞと嘆きたくなってくる。テーブルの向かいの位置にスピネルは元気よく腰掛けていると柔和な笑みを浮かべる。


「イルデブランドさんこの平穏の日々は

私は好きです。でも、この猶予期間モラトリアムは終わらせようかなと思います。

決めたのです私は……旅に出ます」


「もうそんなこと考える年頃になったから。うん、旅に出るのか応援するよ。

んっ、また唐突な発言をするんだね。

どうしてだい?」


「姉さんが何をしようとするのか。そして追いかけるためです!」

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