第103話 夜明けの女神
諸外国含め、皇族、貴族の中には一般人と関わらず、表に出ない人がいる。まさに雲の上の存在で、名前だけが知れ渡り、どういう顔と人柄なのか人々は好き勝手想像し、噂する。
しかしリアムは違う。国を救った英雄として幼いころから有名で、顔は知れ渡っていた。
「え……! 陛下?」
「陛下がどうしてここに?」
「もしかして、助けに来ていただけた?」
どよめく声、そしてみんなが一様に冷たい雪が積もっている地面に手と膝と頭をつけた。リアムに向かって平伏している。その様子を上空で旋回しながら見守る。
「みんな良く避難した。これから帝都の水を排除する。もうしばらく耐え忍んでくれ。凍えて死なないように頭を上げて身体を起せ。そして良く聞け。ここに『炎の鳥』を置いて行く。ミーシャ、おいで」
上空を仰ぎ見るリアムと目が合う。ミーシャはゆっくりと、彼の元へ舞い降りた。
頭を下げたままの者、顔は上げたが声は出さずにじっと様子を見るものと、様々だった。
リアムはミーシャを出迎え手を取ると、みんなに向き直った。
「みんなに紹介する。我が唯一の妻、ミーシャ・クロフォードだ」
一番驚いたのはミーシャだった。口元を手で抑え、彼の横顔を見つめる。リアムは、「式はまだだが」と小さな声で付け加えた。
問題はそこじゃないが、とりあえず黙る。
「みんなも承知のとおり、ミーシャはフルラ国の公爵令嬢、炎の魔女だ。だが、魔女はみんなを傷つけない。炎を恐れずに待て」
たくさん人がいるのに、静かだった。リアムの声だけがあたりに響く。皇族に向かって許可なく口をきいてはならないからだが、そんな中、一人だけ発言する者がいた。
「……偉大なる氷の英雄、皇帝陛下。畏れ多くも発言の許可を、頂いてもよろしいでしょうか?」
「許す。話せ」
髪は白く痩せ細った男性は、震えながらゆっくりと顔を上げた。その老人は口を開く前に、ミーシャをちらりと見た。緊張が走ったが、平静を装いごくりと唾を飲む。
「洪水の原因は、魔女ではないと聞きました。しかも、陛下は難病を患っていると。本当でしょうか?」
リアムはミーシャの手をぎゅっと握った。彼も予想外だったらしいが、動揺は見せずに「誰に聞いた?」と老人に尋ねた。
「トレバー公爵ご子息で、騎士団長のイライジャ様です」
イライジャ様がどうして? 国のトップの健康面をたやすく話すのはご法度。しかも『恐ろしい魔女が来る』と声をかけながら避難誘導してと、お願いしたのに。
「宮殿地下の氷は先々帝が張った物で、崩御なさってから解けはじめた。これまでリアム陛下が無理して凍らせ続けていたがしかし、病で限界。洪水が起きると」
氷が解けるのを阻止しているのは事実だが、洪水を起そうとしていたのはオリバーだ。オリバーの企みだけ外して本当のことを話したらしい。
「心優しい魔女が、陛下の病を治そうとしている。帝国民を洪水から守ってくれようとしていると、聞きました」
「僕は日中、川の流れを堰き止めている流氷を、炎の魔女が解かすのを見ました」
老人に続き、若い男性が発言した。すると、別の女性も声を張った。
「私は助けてもらいました。氷の狼のせいで川を渡れないでいると、狼の注意を引き、避難する時間を作ってくれました」
「私も見た」「俺も助けられた」と、次々に声が上がる。リアムとミーシャは周りを見回し、声を拾う。
「我々は陛下をお慕いしております!」
「陛下と、魔女を信じます」
「ミーシャ・クロフォード皇妃を支持致します!」
ここにいる人は魔女を恐れて避難したのではなかった。信じて、待っていたのだ。
「俺の気遣いは不要だったな」
ミーシャは思わず彼の手をきつく握った。そんなことはないと、首を横に振る。
『悪い魔女』だと、恐れ嫌われるのはしかないと思っていた。ところが自分に向けられるたくさんの眼差しはやさしく、自分を慕う物に変わっていた。奇跡が起きたと、胸が喜びで熱くなっていく。
ミーシャの頬を伝う涙を、リアムは眉尻を下げて微笑みながら、何度も手で拭ってくれた。
「良かったな。俺がしてきたことは無駄にならなかった。俺を凍化の病から助け、ここにいる人たちを救ったのはミーシャだ。誰も魔女を恐れていない。だから泣くな。胸を張って、笑え」
ミーシャは呼吸を整えると、顔を上げた。大きく頷くと、リアムの碧い瞳を見て微笑んだ。
人々の方へ振り返り、右手を前へ伸ばす。手のひらにある涙型のガーネット魔鉱石が朱く強い輝きを放つ。
「みなさまのことは、私と陛下で守ります。炎の鳥よ。みんなを、温めて!」
魔鉱石がひときわ強く光ると、今までで一番大きな炎の鳥が現れた。翼を広げ空高く舞い上がると、そのまま帝都へ向かった。
そのあとも魔鉱石からは幾つもの炎の鳥が産まれ、次々に羽ばたき飛んで行く。
人々が暖を取っていたか細いたき火は、より強く勢いを増した。
ミーシャたちを中心に灯りが和となって、どこまでも広がっていく。
炎の鳥が、避難していた人たちの間を飛び回る。
「うわあ、温かい。寒かったから助かる」
「不思議だ。炎を掴めないが、触れても火傷しない!」
「見て。夜なのにすごく明るい!」
「朱い鳥さん。きれいだねぇ……」
避難していた人たちは怖がることなく、その顔に笑顔が咲く。炎の鳥が低空で飛ぶと雪の結晶が舞い上がり、きらきらと輝きながら、夜空に消えていく。
「ミーシャ、このまますべての氷と雪を溶かせ。俺も手伝う。できるか?」
「リアムがいるから、絶対できる」
ミーシャが頷くと、リアムはサファイア魔鉱石を握った。少し離れた場所にある流氷の結界が青白く発光する。
遮る雲がない空には銀色に輝く満月と、儚く煌めく星々。人々が集う夜の雪原には、天にあるはずのオーロラがあった。朱い光と碧い光が揺らめき混ざりながらいつまでも輝き、人々を温め、夜が明けるまで魅了し続けた。
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