第52話 陛下の妃は美しい魔女


 花を摘んで戻ってからしばらくは、ナターシャがミーシャの相手をしてくれた。色々な話をしていたが、「こっちにこい!」と言って、ジーンがナターシャを無理やり連れ去ってしまった。


 エレノアに守られ、引きこもっていたころは魔力がなくても別段、命の危険はなかった。しかしここは、魔女に恨みのある隣国。今のミーシャには身を守る術がほとんどない。

 大勢の人に疎まれるのは覚悟の上できた。ただ、ここでは死ねない。

 今度こそ、リアムを救う。それができるまではクレアだと、知られるわけにはいかない。


 ずっと警戒を続けたが、嫌な視線はあの一度切りだった。これと言って何も起こらず、パーティーは続いた。

 小一時間ほどしてやっと、リアムはミーシャの元へ戻ってきた。


「すまない。思った以上に時間がかかった。長らく放ったままにして悪かった」

「私は大丈夫ですよ」

 リアムはミーシャの顔をのぞき込んだ。

「顔見せはもう十分だ。ミーシャは戻っていい」

「でも、パーティーはまだまだ続きますよね? それに私、まだちゃんと挨拶できておりません」

「主要人物への挨拶はあらかた済ませた。あとはジーンに任せておけばいい。戻れ」

 ミーシャは首を横に振った。


「陛下の妃は魔女。だけど、危険ではないと、皆さまに知ってもらわなければ」

 心配そうな顔をしていたリアムは、目を見張った。

「私がここにいると陛下は気を遣って、つまらないかもしれませんが」


 さっき見た、ナターシャとリアムの仲のいい様子を思い出す。

 本来この場に、自分という存在はいてはいけない。会場にいる来賓も、強い陛下がいるとわかっていても、魔女がいれば心から楽しむことはできない。

 リアムも、きっと、ミーシャがいない方が楽しめる。

 その現実を改めて突きつけられると、正直、胸に痛みが走る。しかしそれは些細なこと。


「陛下、今も魔力を使っていらっしゃるのでしょう? 私の役目は陛下の治療……凍化病がこれ以上進行しないように、そばに仕えることです。お嫌かも知れませんが、もう、離れたりしません」


 陛下に向けてお辞儀をすると前を向く。背筋を伸ばし会場を見つめていると、いきなりリアムが立ち上がった。驚いていると、彼はミーシャの前で向き合うようにして膝をついた。

「陛下? いったいどうしたのですか?」

「ミーシャ。悪いけど、立ってもらってもいい?」

 自分を見上げる碧い瞳に、心臓が勝手に反応する。戸惑いながらもゆっくり立ち上がると、リアムは「失礼する」と言って、ミーシャを軽々と抱き上げた。


「リア……陛下!?」

 目線が一気に高くなった。足が地に着いていない。彼の両腕が自分の太腿を支えている。向かい合い、密着した体勢でリアムを見下ろす。


 た、縦抱っこ……! なんで?


「身体を反るな、手を突っ張るな。力を抜け。バランスが崩れて抱きにくい」

「だって、この体勢! 私、子供じゃないです。下ろしてください」

 リアムはふっと破顔した。


「俺の妃は美しい魔女だと、見せつけているだけだ」

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