*ミーシャ*

第47話 雪月花


 空が茜色に染まるころ、婚約者お披露目歓迎パーティーは、雪と氷で守られている氷の宮殿内施設の一つ、雪月花迎賓館で行われた。


 正面の重厚な扉を開ける。床に真紅の絨毯が敷かれている玄関ホールだ。中央の階段を上がって進むと、金箔で彩られた美しい天井画に目を奪われた。上ばかりみつめていると、この先が大ホールだとリアムはミーシャの耳に囁くように説明した。


「ミーシャ。緊張している?」

「ええ。もちろんです」

 正直に答えると、リアムはふっと笑った。

「どうして笑うのです?」

「天井画を鑑賞する余裕があるようだ。緊張しているようには見えない」

「この美しさです。誰でも見惚れてしまいます」


 陛下が入場することを知らせる音楽が流れる。おもむろに、侍従が両扉を押し開ける。

「ミーシャ、炎の鳥は出すなよ」

「……わかっています」

 色鮮やかに着飾った人々が待つ大ホールへと、リアムとミーシャは足を進めた。


 歓声と鳴り止まない拍手。人々の笑顔と好奇な眼差しが二人に注がれる。

 ここにいる限りはリアムが選んだ妃として見られる。妃候補として努力すると決めた。魔女は危険ではないと、知ってもらうためのお披露目が目的だ。

 ミーシャは顔に笑みを貼り付け、胸を張った。


 会場内は、とても暖かかった。リアムが魔力を使うと言っていたため、寒い会場を予想していたミーシャは少し驚いた。豪華な椅子がある上座へと進む。

「かまくらと同じ原理だよ」

 ゆっくりと歩きながら、ミーシャはリアムを見た。彼は「不思議だと顔に書いてある」と言った。

「迎賓館は、厚い雪の壁で外の冷気を遮断して、内部の熱を逃がさないようにしている」

「建物の壁全部を雪で覆っているということです? もしかして、それも陛下が力を使って?」

「これくらいなら、たいしたことじゃない。建物が雪の重みで潰れたりはしないから安心していい」


 椅子は一人掛けではなく、長椅子だった。先にミーシャが座るようにと促され、そっと腰をかけた。そばに控えていた侍女がドレスの袖を直してから下がる。そのあとリアムが横に座った。


「体調や気分が優れないときは、すぐに言うように」

 ミーシャは気遣われて思わずくすっと笑ってしまった。

「どうして笑う?」

「どちらかというと、体調を崩しかねないのは陛下の方なので」

「そうだな。あいさつを済ませたらさっさと下がろう」

 リアムは席を立った。


「雪降る中、わざわざ足を運び、お越しいただいた皆々様には感謝申しあげます。今日は心ゆくまでお楽しみください」


 リアムはあいさつを簡単に済ませると、ミーシャには「あいさつはいい。座っていて」と声をかけて、自分は人の輪に入っていった。

 

「そばを離れるなと言ったのは自分なのに」と、ミーシャは呟いた。

 立つタイミングを逃してしまい、しかたなく座ったまま彼を見守る。


 リアムは皇帝陛下だからとふんぞり返り、偉ぶるタイプではない。

 あいさつしようとする人が彼の元へと詰めかけるが、それをジーンが捌いているようだった。

 決して笑顔を振りまくわけではないが、ちゃんと一人ずつと言葉を交わしている。


 ……人見知りしていたあの子が、すっかり大人になってる。


 嬉しくて誇らしいような、ちょっと寂しいような気持ちが胸を過ぎった。


「氷の皇帝は、みんなに慕われているのね」

「魔女クレアの為に、無理しているだけですよ」


 この場に自分一人だと思い呟いたミーシャは肩を跳ね上げた。声がした方を向くと、そこには大きくて愛らしい瞳が特徴の、どこかで見たことがあるような顔の女性が立っていた。

 ミーシャに向かってにっこりと微笑むと、きれいなカーテシーであいさつをした。


「初めまして。わたくし、ナターシャ・アルベルトと申します」


 彼女の美しい長い髪が、ふわりと揺れた。

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