第36話 ドレスを破ったのは誰の指示?
「……これは酷い」
イライジャは、ライリーが持ってきたドレスを見て、眉間のしわを深くさせた。
「正直に申せ。これはおまえたちがやったのか?」
ユナとサシャは怒気を含んだイライジャの声にびくりと肩を跳ね上げた。下を向いたまま「はい」と答えた。
「それがどういうことか、わかっているんだな?」
二人は静かに頷いた。
「覚悟の上です。我々はどのような処分でもお受けいたします」
「それならば良い。身分が上の者への不躾な態度と、ドレスを裂いた件については陛下の耳に入れさせてもらう。特にドレスについては痛くお怒りになるだろうから、相当な覚悟をしておくように」
二人は「え?」と声を漏らしたあと、お互いの顔を見た。顔を青ざめさせ目を泳がせて、明らかに困惑していた。
彼女たちは、魔女が笑えば恐怖で泣きそうになり、イライジャの怒りには怯えている。普通の侍女。女の子だ。
その一方で、慕っている陛下が贈ったドレスに対しては躊躇なく危害を加えた。主であるリアムの怒りに触れる方が遥に畏れ多いことなのに、なんのためらいもなく覚悟を持って実行している。ミーシャは、そこに違和感を覚えた。
ドレスを破ったのは誰かの指示。そして、リアムのためではないだろうか。
着ていくドレスがなければパーティーに出席できない。魔女が陛下のお妃候補だというお披露目ができないどころか、陛下の顔に泥を塗った悪い魔女として、翌朝には噂が国内外に広まったことだろう。
それをリアムが望み、リアムか、リアムの関係者から指示されたと思っていた可能性がある。
イライジャの『陛下は痛くお怒りになる』発言に、話が違うとうろたえたように見えたからだ。
ミーシャが考え込んでいると、イライジャは深く頭を下げてきた。
「本当に大変失礼をいたしました。新しいドレスもすぐに手配いたします。それまで令嬢はごゆっくりなさってください」
「待って、イライジャ様。この者たちは悪くありません」
このまま行かせてはならないと思った。
ユナとサシャを連れて行こうとするイライジャを引き留めると、彼はふうっと重い息を吐き、ミーシャに向き直った。
「先ほども申しましたが、侍女二人の処分はお任せを……、」
「二人にドレスを裂けと指示したのは、この私です」
イライジャを含め、その場にいたライリーとユナ、サシャも目を見開いた。
「……ミーシャ様、いったい何を仰るんですか。そんなはずはないでしょう。庇い立てするのはおやめください」
「二人は陛下から賜った私の侍女です。……目上の者への口の利き方についての指導と処罰はイライジャ様にお任せいたしましたが、ドレスに関しては私に責任があります。処罰は、不要ですよ」
ミーシャは毅然とした態度を心がけた。イライジャに向けて手を差し出す。
「そのドレスをこちらへ」
イライジャはドレスを見た。しばらく思案顔だったが、しぶしぶと言った様子で、ミーシャに返した。
「ありがとう。私はこのドレスを着て、パーティーに出席をいたします」
「……破れておりますよ。無理かと」
「この割き方はデザインです。計算の上です」
実家から持ってきた荷物の中には、時を止めた花や草がある。染色した布もいくらか持ってきている。
ミーシャは布を足し、縫い目にそって枯れることがない花々を付けるから大丈夫だと、イライジャに丁寧に説明した。
「……わかりました。ミーシャ様がそこまで言うのでしたら、従うしかありません。ドレスの修復が間に合うよう、何なりと申し出ください」
「ありがとうございます。イライジャ様」
ミーシャは頭を下げたあと、イライジャに向かってお願いをした。
「この件について、陛下へ一つ言付けをお願いします。……陛下から賜ったドレスのデザイン変更の指示は、私がしたことだと」
イライジャ「かしこまりました」と頭を下げたあと、ユナとサシャを連れて部屋をあとにした。彼を見送るとすぐに部屋の中へ戻り、ドレスの修繕のためにトランクを開けた。
*
「……できた! ほら見て、かわいい」
昼食もろくに取らずに没頭し作業すること数時間。星がきらめく夜空のようなドレスは、袖に大小様々な花を散りばめた華やかなデザインに生まれ変わった。
ドレスを広げて眺める。なかなか良いできだと、自画自賛した。
「ミーシャ様、パーティーのお時間が迫っております」
顔を上げ窓の外に目を向けると、白い世界は朱色に染まっていた。裁縫道具を急いで片付け、ライリーに手伝ってもらって着替える。
ライリーに髪を結い上げてもらい、左側の襟元だけ一房垂らす。シンプルなお花のヘアドレッドを乗せて完成だ。
氷の宮殿は広く複合建造物だと、ここへ来た時説明を受けた。ミーシャに宛がわれた部屋は私的な生活区域で、公的祭事をする場所からは離れている。
コンコンコンと、ドアがノックされた。
予定の時間より少し速いがもうお迎えが来たと思い、ミーシャはドレスの裾を直し、身だしなみを整えた。ドアの前で待機しているライリーは一呼吸置くと内側からゆっくりと開けた。
中に入ってきたのはリアムだった。
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