第33話 切り裂かれたドレス
「ライリー、どうかしたの?」
クローゼットを開けたライリーはそのままの格好で固まっていた。ドアに近づくと慌てて手を広げ、進路を塞ぐ。
「何でもございません!」
「隠し事はだめよ、ライリー」
ミーシャはうろたえるライリーの肩越しに中をのぞき見た。
「あら。たいへん」
無理やり衣装部屋に入ると、目についたドレスを一着、手に取って広げて見た。
「こういう斬新なデザイン。……ではなさそうね」
ドレスは他にも数点あったが、どれも無惨に切り裂かれていた。
手にした星空を思わせる黒に近い紺色のドレスは、裾に広がるほどに小さな宝石がたくさん散りばめられている。ずたずたに切られていなければ、とても美しいドレスだっただろうと想像できた。
さっそくすてきな歓迎を受けたとミーシャは感心したが、ライリーにはショックだったらしい。青い顔で頭を下げた。
「ミーシャさま、申し訳ございません。すぐに別のドレスを手配します……」
「ライリー、あなたのせいじゃないんだから、落ち着いて。私は気にしてないわ」
「ですが、パーティーがこのあと控えているんですよ……早く新しい御衣装を見繕わなければ間に合いません。ドレスを持参しなかった私の落ち度です」
元々着飾ることに興味がない。ドレスは荷物になるため、公爵家からは一着も持って来ていなかった。ミーシャは手元のドレスを見せながら言った。
「陛下からのいただき物です。これを何とかしましょう」
「これを? 一体どうやって……」
「簡単よ。縫うの」
「……本気ですか?」
「ええ、もちろん」
ライリーは「本日中に?」と、さっき以上に顔を青ざめた。
「引きこもり暦何年だと思っているの? 私が細かい作業を得意とするのは知っているでしょ。任せて」
「ひとまず、我々が持ってきた荷物を見つけに行って参ります」
「うん。よろしくね」
念のためライリーに危害がないように炎の小鳥を持たせて見送った。広い部屋に一人になったミーシャは切り裂かれたドレスを一つずつ見ていく。
「宰相さまは手違いって言っていたけれど、なるほど。誰も魔女の侍女をやりたがらなかったのね」
次に装飾品の入ったチェストを開けた。こちらには何もいたずらをされていない。ネックレスにイヤリング、どれも大きな宝石が埋め込まれている。今自分が身につけているアクセサリーより豪華できれいだ。
「盗めば足がつくものね。壊さなかったのはなぜかしら? ドレスを裂けばそれで脅すには十分と考えたのかな?」
どのみち、陛下の贈ったドレスを裂けば重罪だ。よほどの覚悟がなければできない。
衣装部屋を出たミーシャは出窓に近づき、雪だるまを見た。
「よかった。溶けてない」
室内は暖炉の火で暖かい。外のバルコニーに出した方が良いだろうか。
考えながら、雪だるまの真っ白な顔に、自分が身につけてきたブルームーンストーンのイヤリングを目の代わりに慎重にバランスを見ながらつける。頭には花をかたどったラインストーンのヘアアクセサリーを乗せる。花冠代わりだ。
「ふふ、かわいい」
雪だるまを完成させると、バルコニーに続くドアを開けて外に出た。
冷たい風が頬に当たる。大きく息を吸った。丘の上の宮殿なだけあってグレシャー帝国が一望できる。
「空気が澄みきってるし、一面銀世界できれい。ここが、リアムの故郷なのね……」
雪だるまを日の当たらないところに置き、しばらく愛でた。婚約してまでこの地に来た目的はリアムの凍化を止めるため。物理的距離が近づいたくらいでどきどきしている場合じゃないと、ミーシャはぎゅっと手を握った。
「雪と氷の国。薬草は、少なそうね」
現場調達は期待できそうにない。薬草は今運んでもらっているトランクに詰めるだけ詰めてきて正解だった。
「氷の宮殿はどこまで温めていいのか、これから手探りで探るとして……ライリーたち遅いな」
ミーシャは室内に戻ると、様子を確かめるために、部屋のドアを開けようとした。
「……陛下が献上したドレスが気にいらないからって、新しいドレスを催促するなんて、信じられませんわ」
サシャのとげのある声にミーシャはドアノブを持ったまま固まった。
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