第7章 背中に伝わる体温
「あなたの帰りが遅いから迎えに来てみたら、これは、何の騒ぎです?」
リアムは派手に氷と雪を飛ばして敵を捕らえた。そのあとはミーシャが炎の鳥をたくさん呼んだ。この辺りを統治、管理しているエレノアが異変に気づくのは当然だった。
彼女が来てくれたのなら大丈夫と、ミーシャは内心安堵した。これで、リアムの治療に専念できる。
「陛下。ひとまずもう少し温まっ……、」
「ガーネット女公爵。説明は、俺がします」
心配するミーシャをよそに、リアムは踏ん張るように立ち上がると、エレノアに説明をはじめた。
「……つまり、陛下は刺客の気配を察知し、明日のクレアの命日に騒動にならないように今日中に敵を捕まえたくて、部下にもろくに説明せず単独行動していたと?」
リアムの馬と、護衛たちはリアムの命令で少し離れた場所に待機させられていたらしい。
「そうだ。言ったら止められる」
「止めるに決まってます!」
宰相は目をつり上げながらリアムに食ってかかった。
「クレア様の石碑に一人で行きたいと言うから気を遣ったのに! 皇帝になって一年半。いい加減ご自分の身分とご体調を自覚ください! 何かあったらどうするんですか!」
「ジーン、喚くな。うるさい」
リアムは煩わしそうにジーンから顔を背けた。ミーシャはそのやりとりをぽかんと口を開けて見ていた。
リアムはこんな無茶をするような人だっただろうか。もっと聞き分けのいい男の子だったように思う。子供のころは従順で明るくて、にこにこしていた。
今の彼は、心配して騒ぐジーンとは対照的。とても静かでどこか……冷めている。
「ジーンさま。小言はそれくらいにして、そろそろ屋敷に移動しましょう。ここでは陛下も落ち着いて休めない。まだ刺客が現われると大変です」
「ガーネット女公爵。世話をかける」
刻一刻と夜は深くなっていく。エレノアも護衛もみんな徒歩か騎馬できている。馬車を今から手配し呼んでいてはかなり遅くなる。それに、リアムは馬車が来るまで休めと言っても休みそうにない。それなら本人に移動してもらうしかない。
彼の馬が準備でき次第ここを離れ、屋敷に戻るしかなかった。
エレノアが屋敷に連絡するため、炎の鳥を飛ばす。
ミーシャはエレノアたちが細かな段取りを話し合っているあいだもリアムの背に触れ、彼を温め続けた。
しばらくして、誰よりも背が高い男が人混みを避けて、黒くて立派な騎馬を連れてきた。
「陛下。馬の準備ができました」
「イライジャ。ありがとう」
リアムは馬に近づき、手綱を握ると振り返った。ミーシャに向かって手を差し出してきた。
「公爵令嬢、おいで」
「は?」と声を裏返したのは宰相だ。
「陛下、何言っているんですか!」
「屋敷まで彼女に案内してもらおうと思って」
「いやいやいやいや。いきなり一緒に乗馬なんて、馴れ馴れしい。ご令嬢に向かって失礼ですよ!」
「ジーン、おまえに言ってない。令嬢。怖くないんだったら、来い」
ミーシャは目を瞬いた。ちらりと差し出されたままの手を見る。顔と違い、まだ霜が残っている。
「わかりました」
返事をしたあと、リアムに近寄った。
「手を貸そう」
「大丈夫です」
リアムの愛馬らしく、立派で大人しい。目を見てあいさつをすませるとミーシャは鐙に足をかけた。
スカート姿は乗馬に適していないが、今はそんなこと気にしている場合ではない。めくれないようにだけ気にしながら慎重に、馬の背に乗る。リアムはそのあと、ミーシャが乗っているのにもかかわらず軽やかに飛び乗った。彼が手綱を握り、腕の中にすっぽり収まった。距離の近さに意識が持って行かれないように前を向く。
「乗馬の経験があるのか?」
「あります」
クレアのときはよく乗っていた。ミーシャとして生まれ変わってからは、なるべく目立たないようにしていたため実際のところは十数年ぶりだ。鞍の前橋部分を持つ。
「陛下、行ってください。その代わり無理はだめですからね! 辛いなら私が馬を操ります」
背中に伝わる体温はまだ冷たい。こうして動いているのが不思議なくらいだ。
早く暖かい場所で休ませてあげないと……。
「今は緊急事態です。早急に屋敷に戻りましょう。お身体を暖炉で温めなければ」
「……恩に着る」
馬はゆっくりと歩き出した。
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