第53話 決着、その後で


「な、何だその槍は……。そんな武器、見たことが……」


 ドライドが視線を向けていたのは、リドが手にしていた一条の槍だ。

 その槍は眩い程に輝いており、穂先からは光の粒子が湯気のように揺らめいていた。


 《聖槍・ロンギヌス》――。


 召喚には例えリドであっても相当な時間を要する神器だが、数ある神器の中でも最高級の破壊力を兼ね備えている。


「【魔の堅牢カオスプリズン】を貫いて私に傷を負わせたというのか……。こんな、こんな小さな少年が……」

「へへ、リドがこの槍を召喚したからにはお前に勝ち目は無いぜ。大人しく投降した方がいいんじゃないか?」

「……」

「ドライド枢機卿。先程言った通りです。僕はあなたを全力で止めてみせます」

「……図に乗るなよ」


 ドライドが静かに呟くと、斬り落とされたはずの腕が再生していた。

 恐らくはこれも黒水晶を取り込んだ効果なのだろう。


 そしてドライドは、モンスターが咆哮するかのように怒気をあらわにする。


「この私に撤退は無い! 敗北も無い! 必ずやお前を打ち倒――」

「隙だらけです」

「なっ――」


 今度は反対側の腕と脚だった。

 リドは手にしたロンギヌスを振るい、ドライドの半身を切断する。


「お、お、おのれ……」


 当然ドライドも結界を張っていたが、リドが召喚した聖槍はまるで影響を受ける様子がない。

 リドが狙いを定めたものをただ的確に斬り伏せていた。


「ぐ、ぁ……」


 四肢の半分を失ったことにより、地面に這いつくばるドライド。


 しかし、それでもなお、ここで引くことはできないと思ったのだろう。

 野望に執着した黒い巨獣はリドに恐れを抱きながらも、自身の負けを認めようとしない。


「く、そ……。こうなったら……」


 ドライドは辺りに散乱していた黒水晶を無造作に掴み、それをそのまま噛み砕いた。

 そうしてドライドが新たな黒水晶を体内に取り込むと、周囲に黒い煙のような邪気が集まっていく。


「フ、ハハハハッ! この地下神殿もろとも破壊し、貴様らを沈めてくれる!」

「……っ」


 ドライドが大きく開口し、白く尖った牙の奥で漆黒の弾が形成されていた。

 モンスターの中でもドラゴンなどがブレス攻撃を放つことがあるが、それと似た攻撃方法だろうとリドは理解し、ロンギヌスを引いて構える。


「死ねいっ!」


 射出された黒弾は石畳の床を粉々に砕きながらリドの元へと迫ってきた。


 しかしリドは動じない。

 リドの傍にいたシルキーもまた、相棒に疑うことのない信頼を寄せ、その場を離れようとしなかった。


「神器、解放――」


 リドが静かに唱え、眼前に迫った黒弾にロンギヌスを突き入れる。


 その直後、黒弾は塵のように霧散し、完全に消失した。


「ば、ば、馬鹿な……。こんな、ことが……」


 愕然とするドライド。

 信じられないものを見るかのように後退りするが、既に勝負は決していた。


「これで終わりです」


 黒弾を打ち消したそのすぐ後で、リドは即座に次の行動を起こす。


 よろめくドライドに向けて疾駆し、そしてそのまま、黒い巨獣の中心部へと光の槍を突き入れた。


「ウ、ゴガァアアアアアア――!」


 リドの突き刺したロンギヌスから光が放出されるのと、ドライドが断末魔を上げるのはほぼ同時だった。


 何かを砕くような音と共に激しい発光が起こる。

 そして光が収まる頃には、元の人間の姿に戻ったドライドが気を失い、地にせっていた。


「そ、そんな……。ドライド様が……」


 リドとドライドの攻防を目撃したユーリアが呆然と立ち尽くす。

 そしてその隙をエレナとミリィは逃さなかった。


「他を気にしている余裕なんて無いと、言ったはずですわっ!」

「しまっ――」

「そこですっ!」


 ミリィが植物の蔦を操作し、距離を取ろうとしたユーリアの動きを捕縛する。

 そこで決着はついていた。


 エレナが腹部に剣の柄頭つかがしらを叩き込むと、ユーリアは意識を失いガクリと頭を落とす。


 見事な連携で残ったユーリアも捕縛し、リドたちは各々の敵を完全に制圧した。


「ふぅ……」

「やった! やりましたリドさんっ!」


 ミリィが大きな歓声を上げ、リドたちは互いの勝利を称え合おうと歩み寄る。


 しかし、それも束の間。

 リドたちのいる地下神殿にはまた別の問題が発生していた。


「な、何か辺りが揺れてますわ」

「これは……。むっつりシスターが大声を上げたから、ここいら一帯が崩れようとしてるんじゃないか?」

「わ、私のせいですか!?」

「もしかすると、戦闘の余波で石柱が何本か折れたからその影響かもしれない……」


 地震のような響きを立てて、地下神殿の天井が崩落し始める。


「どどど、どうしましょう師匠。このままじゃみんな仲良くペチャンコですわ……!」

「ふ、ふふ……。これはマズいな。吾輩もさっきので防御結界を使いきっちまったらしい」

「笑ってる場合じゃないですよシルちゃん! ……そうだっ! 私のスキルで植物の根を操作すれば……!」

「ミリィ、お願い!」


 リドたちは身を寄せ合い、一箇所にまとまった。


 ミリィは即座にスキルを発動させ、気絶したドライドやユーリアごとを包むように植物の根による防護壁を作り上げる。

 それはさながら植物で形成された殻のようだった。



 そして――。



「お、おい! お前ら大丈夫か!?」


 しばらく時間が経過して、辺りの揺れが収まった頃。


 ミリィが作った植物の殻の外、上の方から聞いたことのある声が飛んできた。

 ラクシャーナ王の声だ。


 どうやら地下神殿が崩壊したことで、地上からリドたちのいる場所まで吹き抜けになったらしい。


「な、何とかなった、かな……」


 リドが呟き、一同は互いの無事を確認して大きく息をついたのだった。


   ***


「そうか、そんなことが……」


 地下神殿の崩壊を無事に乗り切った後、リドたちの元にはラクシャーナ王とバルガス公爵が駆けつけていた。


 事前に揺れを察知したせいか、幸いにも崩落に巻き込まれた他の人間はおらず、地上での被害は地下神殿の上に位置していた王都教会の一部損壊に限定されているようだ。


 リドたちがラクシャーナとバルガスの二人に地下神殿で起きた事の顛末を説明し、今に至る。


「しかし、黒水晶がそこまでの力を持っていたとはな。それに王家を陥れようという計画。見抜けなかった自分が恥ずかしいぜ」

「リド君じゃなければ達成できなかったな、今回の件は。いや、今回の件も、か。ガッハッハ」


 ラクシャーナが束縛されたドライドへと目をやりながら腕を組む。

 ドライドとユーリアの二名は未だ気絶したままで、ラクシャーナの配下兵に取り囲まれていた。


 この後二人は連行され、次に目を覚ますのは獄中になるのだろう。


 ラクシャーナの話によれば、ゴルベールも合わせ尋問が行われた後に、然るべき処罰が下されるとのことだ。

 王都教会についても解体されるか、王家の管轄の元で組織再編を余儀なくされることは想像に難くない。


 リドが様々な想いを胸にその光景を見やっていたところ、唐突にラクシャーナが膝をついた。


「ラクシャーナ王……?」

「リド少年よ。此度の件、一国の王として感謝を述べる。君はこの王都の……いや、ヴァレンス王国の英雄だ」

「い、いえいえっ。そんな恐れ多いですよ。それに、今回の件は僕だけじゃなくて、みんながいたからできたことです」


 慌てて手を振り恐縮するリドを見て、「何かまたいつもの光景だなぁ?」とシルキーが呑気に呟く。

 その言葉に弛緩した空気を感じ、ミリィとエレナもまた顔を見合わせて笑っていた。


「しかしなぁ。これだけの功績を上げた人間に何も無しというのは王としても沽券に関わるんだよなぁ」

「そ、そう言われましても」

「王都にリド少年の銅像でも建てるってのはどうだ? こう、中心地にドデンと」

「それは絶対にやめてください」


 リドがきっぱりと拒否すると、隣でやり取りを聞いていたバルガスが声を上げて笑う。

 それに釣られたのか、ミリィもエレナも笑い声を上げる。

 シルキーはやれやれと溜息をついていたが、どこか楽しげだ。


 ラクシャーナが一人「それじゃ、どうすっかなぁ」と頭を抱えていたが、不意に何かを思いついたのか、手を叩いて顔を上げる。


「ふっふっふ。良いことを思いついたぜ。これならきっとリド少年も喜んでくれるだろう」

「……?」


 ラクシャーナは不敵に笑みを浮かべていたが、リドにはその意図が分からなかった。


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