第42話 【SIDE:王都教会】前触れ
「どうかなさいましたか? ドライド様」
王都教会の一室にて。
窓辺に立っていたドライドに対し、秘書のユーリアが声をかける。
ユーリアが声をかけたのはドライドが僅かに眉をひそめたからだったが、それは長年仕えた彼女でなければ気付かない程の変化だっただろう。
「どうやら、ゴルベール大司教にかけていた『制約』が解けたらしいね」
「制約……というと、あの豚がラストアへ出立する前にドライド様が付けた焼印のことですか?」
「ああ。ゴルベール大司教が私に関する情報を他者に話そうとした場合、それをさせないようにするためのものだったんだけどね」
ドライドは笑みを浮かべたままで淡々と語る。
「制約が解除される程の何かがあったんだろう。恐らく、リド・ヘイワース神官が関わっているんじゃないかな」
「そんな……。ドライド様の課した制約を打ち破るなんて……」
「今更連れ戻そうとしているのが何故なのか、もしくは別の何かを知りたいとでも思ったのか。リド・ヘイワース神官は私の制約以上に強制力が働くことをしたんだろうね。それが何かまでは分からないが」
「あのゴミめ。豚の分際でドライド様に迷惑をかけるとは……」
ユーリアの辛辣な言葉にも表情は変えず、ドライドは椅子に腰掛ける。
その態度は悠然としていて、焦りなどは無いように見えた。
「まあ、案ずることはない。ゴルベール大司教に今回の計画について重要なことは話していないからさ」
「それは……、分かっています。そうでなければ奴もエーブ辺境伯から賄賂など受け取ろうとしないでしょうからね」
「フフ。心配しなくて良いよユーリア。私の今回の計画について知っているのは君だけだ」
「……」
ドライドの言葉は特別視していることを強調するものだったが、ユーリアは黙して何かを考え込んでいる。
「どうしたんだい? ユーリア」
「ドライド様。……もし私から情報が漏れることを
「やれやれ。君はいつも考え方が極端だね」
「いえ、これが私の忠義ですから」
迷うこと無く言ったその言葉はユーリアのドライドに対する想いの強さを表していた。
自分自身よりもドライドのことに重きを置くその思考は、忠誠心というよりも崇拝に近いものかもしれない。
「そこまでする必要は無いよ。第一、部下の可憐な声が聞けなくなるのは悲しいからね」
「そ、それは……。恐悦至極に存じます」
「ところで任せていた件の進捗状況はどうだい?」
「ええ。順調に進んでいます。黒水晶についてもおおよそ半分ほどは所定の位置へと配置完了しました。この分なら、数日の内にドライド様の計画も実行に移せるかと」
「そうか。それなら心配はいらないね」
ドライドは言って、椅子に背を預ける。
そしてふと、遠くを見るような目で呟いた。
「しかし、リド・ヘイワース神官か……。もう一度会ってみたいものだけどね」
「……? それは何故ですか?」
問いかけたユーリアに、ドライドは少しだけ声を低くして言った。
「ユーリアは、なぜ私たち神官が天授の儀を行うことができるのか考えたことはあるかい?」
「……いえ。そういうものだと認識しておりましたので、特に考えたことは……」
「神官が天授の儀を行える、というより、天授の儀を行うことのできる者が神官となる、と言った方が正しいのかもしれないけどね。――では、なぜ天授の儀を行える者とそうでない者に分けられるのか。つまるところ、神官とそうでない者の違いは何なのか」
「それは……。多くの歴史学者が考察した結果、
ユーリアの言う通り、ドライドの言った内容についてはこの世界の謎とされている。
何故人間がスキルを使うことができるのか。スキルを授けることができる神官は、何故そのような行為が可能なのか。
リドのように若くしてそれが可能になる者もいたし、年老いてからある日突然、天授の儀を行えるようになる者もいる。
その原因は何なのかというドライドの問いに、ユーリアは明確な答えを出すことができずにいた。
「他の神官とは異なった天授の儀を行うリド・ヘイワース神官に会えば、あるいは何か見えてくるのかもしれないと思ってね」
「なるほど……」
「まあ、単なる与太話だ。忘れてくれ」
「……」
「それよりも今は計画のことだ」
ドライドは気を取り直すかのように座り直し、話を切り替えることにした。
「ゴルベール大司教を通じて私が王都教会にいることが分かったと仮定しよう。もしかするとリド・ヘイワース神官の方から私の所へやって来るかもしれない」
「それは、リド・ヘイワース神官が計画を察して邪魔立てをしてくるかもしれないということですか?」
「リド・ヘイワース神官がどこまで黒水晶のことや私のことを突き止めているか分からないが。もしかしたら単にゴルベール大司教を遣わせた意図が知りたいといって来るだけかもしれない」
「……」
「ただ、だからこそ動きが読めない。彼の介入によって計画に支障をきたしてはいけないからね。不確定要素なら注意しておくことに越したことはない」
「分かりました。それでは念の為、手は打っておきます」
「うん。頼んだよ」
ユーリアに向けて頷き、ドライドは再び窓辺の方へと歩き出した。
空には月が浮かんでいて、満月に近い。
それはまるで、ドライドの計画の実行までがあと僅かであることを告げているかのようだった。
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