第41話 出発の朝と大司教


「それではラナさん、行ってきます」

「ああ、リド君。ミリィのこと、よろしく頼んだぞ」


 翌朝――。


 ラストア村の中央広場には人だかりができていた。

 ミリィの姉であるラナやカナン村長を始めとして、早朝にも関わらず村の住人全員が集まっている。


「リドさん、気を付けてな。みんなが帰ってくるのを宴の準備しながら待ってるぜ!」

「村のことは任せてくれ。リドさんから授かったスキルでモンスター一匹、村には近寄らせねえからよ!」

「リドお兄ちゃん! これ、村のみんなで作ったお守り、持って行って! シルキーちゃんには干し魚のおやつね!」


 村の住人たちは王都グランデルに出発するリドたちを見送ろうと、それぞれが思い思いの言葉をかけていた。


 リドは胸が熱くなるのを感じ、皆で無事に戻ろうと改めて心に誓う。


「しかし、相棒よ。本当に《ソロモンの絨毯》で行くのか? 王様がせっかく馬車で来てるんだから一緒に乗せて行ってもらった方が楽だぞ……」

「シルちゃん、昨日決めましたよね。ラクシャーナ王と一緒に行くと目立っちゃうから私たちは別働隊として王都に行くって」

「たぶんシルキーさんはあの高速絨毯がトラウマになっているだけですわ、ミリィさん。とはいえ、私も今から心臓ばっくばくですが」

「ごめんねシルキー、エレナ。でもゴルベール大司教がラストア村に来てから時間が経ちすぎると、ドライド枢機卿に勘ぐられる可能性もあるから」


 エレナとシルキーをなだめるリドの近くには、ソロモンの絨毯がふわふわと浮いていた。


 昨日の尋問の際に得た情報によれば、ドライドはゴルベールがラストア村に向かったことを把握している。つまり、ゴルベールが中々戻ってこないということになれば、ドライドが何かしらの疑念を持ってもおかしくない。


 そう考えたリドは、馬車よりも速く移動できるソロモンの絨毯で王都に向かうことを決めていた。これなら一日もあれば王都グランデルの近郊まで辿り着くことができるだろう。


 もっとも、ソロモンの絨毯での移動にトラウマのあったシルキーとエレナの顔は出発する前から真っ青ではあったが。


 と、それまで出発の挨拶を邪魔しないようにと見守っていたラクシャーナとバルガスがリドに声をかけてきた。


「さて、リド少年。俺たちは馬車で王都に向かうからな」

「はい。僕たちはそのまま王都教会に潜入を試みます。恐らく、明日が決行日になるかと」

「ああ。……それとな、あの大司教のことは俺たちに任せてくれ。きっちり落とし前は付けさせるからよ。と言っても、昨日の一件がかなり堪えたみたいで放心状態だが」


 ラクシャ―ナに言われてリドが見やると、ゴルベールが兵たちに連行されていくところだった。


 尋問の影響もあっただろうが、自身の行ってきた悪事が他ならぬ王の前で露見したことが大きかったのだろう。

 目は虚ろで、兵たちに半ば引きずられるようにして歩いている。


 村の住人たちに歓声を浴びせられるリドとはひどく対象的だ。


「思えば、ゴルベール大司教に左遷されたことが始まりだったんだよね……」


 今呟いたように、リドがラストア村にやって来て、多くの人間たちと繋がりを持つようになったきっかけは例の左遷事件だった。


 恐らく王都教会の一件に区切りが付けば、ゴルベールはラクシャーナ王から何かしらの処分が言い渡されることになるだろう。

 ゴルベールがあれだけ固執していた地位も名誉も、全てを失うことは明らかだ。


 馬車に乗せられる前、ゴルベールの視線が少しだけリドの方を向く。


「……」


 その目に浮かぶのは後悔か、悲哀か、それとも別の何かか。

 分からなかったが、リドは少しだけ昔に思いを馳せる。


 隣にいたミリィはそんなリドの姿を見て、きゅっと自分の袖を握っていた。


「因果応報ってやつさ」


 リドの腕の中でシルキーが呟く。


 今度は、言い間違えていなかった――。


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