19話 元闇姫と現闇姫5

「惚れた女が目の前で泣いてるのは見ていてつらい。だから、せめてお前の涙が止まるまでは俺がこうして抱きしめてやる」

「ありがと壱流」


 どこで私が闇姫だと気付いたの? だとか、私のことが好きってホントなの? って聞きたいこと、話したいことはたくさんあった。でも今はただ貴方のぬくもりに触れているだけでいい。


「壱流、私を助けに来てくれてありがとう」

「それはこっちのセリフだ」


「え?」

「お前が俺に血を飲ませなかったら俺は今頃ここにはいない。お前は俺にとって命の恩人だから。勘違いするなよ? それが理由で好きになったとかそんなんじゃないからな」


「でも私、壱流の前には一度しか姿を見せていないはずだけど」


 うぬぼれたりしないし、勘違いもしない。命を救ってもらったから好きになるなんて壱流はそんな人じゃない。


「まあ、もちろん全くそうだとも言わない。が、そもそもお前と出会う前から闇姫のウワサは知ってたし。その、ひ……」

「ひ?」


「一目惚れだったんだよ! わるいか?」


 顔が真っ赤。そんなにはずかしいなら言わなきゃいいのに。


「この前コンビニの帰りにお前と偶然会ったよな?」

「ええ」


「あんときとさっき助けたお前の顔が同じだったんだ。悲しそうで今にも泣きそうな顔。あの時は言わなかったが、あの日会ってたんだろ? 天羽狗遠に」

「……」


 てっきり赤い目で同一人物だと気付いたのかと。私の表情を見てわかるなんて、わたし、そこまで暗かったの?


「本人目の前にしてここまでぶちまけたんじゃ今更なに言っても無駄だよな」

「それは私も同じだから気にしなくていいわ」


「闇姫……いや、闇華、聞いてくれ」

「なに?」


「俺はお前が好きだ」


 !


「鈍感なお前のことだから、聞き間違いかもって思ってただろ?」

「それはそうよ。だって、壱流が私を好きになるなんて、そもそも私と闇姫が同じだと気付いてるかどうか怪しかったし」


「それは悪いとは思ってる。俺の気持ちは伝えた」


 つまり、つぎは私がどう思ってるかってことよね。


「お前の答えは言わなくていい」

「いわなくていいって、どうして?」


「今はこんな状況だから。お前の仲間を助け出して狗遠との戦いが終わったら聞かせてくれ。俺には言えてないだけで、俺が助けるまでにいろいろあったんだろ?」

「わかった。なら、狗遠との戦いに決着がついたら私の気持ちを伝える」


「それでいい」

「それとこっちからも聞きたいことがあるんだけど、いい?」


「なんだ?」


 気持ちが、壱流と話してるだけですこし心が落ち着いた気がする。


「私のスマホ、幻夢の電話に出たのは貴方でしょ? 壱流」

「……」


「私が幻夢に会えば、あの状況を聞いてれば助けに行くことくらいわかってたくせに。なのになんで時間を稼ぐようなこと……。もっと早く知ってれば、私は幻夢たちに傷一つ追わせることなく助けることが出来た、のに」

「そんなわけないだろ」


 え?


「仮に救出する時間が早かったとして、それが狗遠の罠だとは思わなかったのか?」

「わかってる。でも……」


「でもじゃない!!」


 !? 壱流、どうしてそこまで必死なの?


「俺はお前に、炎帝に闇姫には戻ってほしくなかったんだ」


 『誰かわからないですけど、姉貴を闇姫に戻したくない人がいるみたいですね』

 ふと、幻夢の言葉が頭をよぎった。


「どうして? なんでなの壱流」


 さっき貴方は言ったよね? 闇姫を、わたしをずっと捜してたって。


「いわないとわからないか? 察しの悪い炎帝は言葉にしないと伝わらない、か。」

「私は壱流みたいに全てがわかるわけじゃ……」


「知ってる」

「え?」


「だから言わせてもらう。好きな奴が危険になるってわかってて、それを俺が見過ごすと思うのか?」


 それって、つまり心配してるってこと?


「だからわざわざスマホも預かったのに」

「でも幻夢は朝から私をいつも迎えに来るし、遅かれ早かれ気づかれるのは時間の問題でしょ?」


「そんなことまで俺は知らなかったし。龍幻から連絡来たと思えば、短時間でお前の修行の相手してそのまま狗遠の組に奇襲かけにいったとか言うし」

「私の性格を知ってるなら、その行動だって読めてたでしょ?」


「ああ、読めてたさ」


 だったら壱流は何に対して怒ってるの?


「問題は1人で行ったってことだ」

「それのなにが問題なの?」


「はぁ~」


 壱流は呆れるように深いため息を吐く。


「前にも言ったはずだ。お前はもっと自分を大切にしたほうがいいって」

「そんなことで怒ってたの?」


「そんなことっておまっ……。これが逆の立場だったらお前はどう思うんだ?」

「それは、なんて馬鹿な事をするんだっておもう」


「ほかには?」

「何年も前に裏社会から身を引いた人が1人で吸血鬼やヤクザ相手に無茶なんじゃないかって。もし、可能であれば仲間を呼ぶべきだって」


「そこまでわかってんのに自分の立場になるとわかんないのか? お前って案外バカなんだな」


 馬鹿じゃない。だけど、何も言い返すことができないのは図星をつかれてるから。


「心配させんなよ」

「ごめん、なさい」


「闇姫に戻ればお前は昔みたいに他人を助けるだろ? 俺のときみたいに」

「まって。壱流は他人なんかじゃ……」


「は?」

「え?」


 私たちのあいだで今……。


「悪い、もう一度言ってくれるか。俺がなんだって?」

「だから壱流は他人じゃない」


「俺を助けたとき、俺とお前は初めて出会ったんじゃないってそういいたいのか?」

「覚えてるわけ、ないわよね」


 小さいころに1度だけ私たちは出会ってる。


「初めて会った時に壱流は話してくれた。暗闇よりも暗い、海の底にいるみたいだって」

「それを俺が言ったのか? いつ?」


 やっぱり言った本人は忘れてる。だけど思い出さなくていい。あんな顔は二度とさせたくないってそう思うには十分だったから。


 そのとき決めたの。裏社会に、闇の世界に堕ちようって。闇姫になれば貴方を助けられる、そうおもったから。

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