18話 元闇姫と現闇姫4

「助けに来るのが遅くなった。借りを返しにきたぞ、闇姫」

「……壱流」


「闇姫、怪我はないかい? それにそっちのキミも」

「白銀先生……」


「え!? 白銀って、入学式に姉貴にセクハラしてた白衣野郎じゃ……」

「龍幻、やっぱお前」


「話はあとだ。壱流、2人を頼んでいいかい?」

「当然だろ。闇姫、立てるか?」


 手を差し出す壱流。

 私が、炎帝闇華が闇姫だと貴方は気付いているの?


「ええ。あり、がと。久しぶりね壱流」

「それで隠し通せると思ってんの?」


「え、」

「っても俺も今気付いたんだけどな」


「それって……」


 まさかとは思うけど。


「炎帝だろ?」

「……」


「姉貴、目を逸らすってことは自分がそうだと言ってるのと同じですよー」

「!」


 だって急に名前を呼ぶから。


「まさかあんな真面目そうな炎帝が俺がずっと捜してた闇姫だったとはな」

「ごめんなさい」


「なんで謝んの?」

「その……貴方が思い描くような闇姫じゃなくて」


「なぁ、えっと」

「幻夢でいいですよ」


「じゃあ幻夢」

「なんですか」


「闇姫って普段からこんななの?」

「今は状況が状況なんでネガティブ思考になってるだけです」


「なんだ。そういうこと」


 私を前にしてこれはどうなの。全部丸聞こえなんだけど。


「助けてくれてありがと。壱流」

「お礼なんていらねーよ。さっきも言ったろ? 俺はただ借りを返しにきただけだ」


「姉貴が素直にお礼を言うとか珍しいですね。さては壱流って人のこと……姉貴、痛い! なにも叩くことないでしょ!?」

「さっきまで死んだ魚のような目をしてたみたいだがマシになったのか? 炎帝」


「え、えぇ、なんとか、ね。それより白銀先生と、他の人だけで大丈夫なの?」

「あー、今回は炎帝の救出だけだから。相手が何もしてないのに、俺らの組が奴らに喧嘩を売るのは本当は禁止なんだが」


 喧嘩を売られたら買うのが当たり前だと思ってた。それは不良たちのルールであってヤクザは違うのかしら。それとも壱流の組だけがそういう決まりでも……。


「炎帝の仲間を俺たちが助けるのは違うだろ?」

「それはそうだけど」


「炎帝は負けず嫌いだから自分で助けたいだろうしな。俺たちが手出ししてるのもお前のプライドが酷く傷ついてるじゃないか?」

「そんなこと……」


 さっきまで余裕がなくて、そこまで考えてなかった。


「つーか、炎帝を助けたらすぐ逃げる作戦で来たから俺の部下はそこまで連れてきてないんだわ」

「そんなんで姉貴を助けられると思ってるんですか?」


「幻夢。俺たちのこと、舐めてないか? これでも、一応、裏社会ではそこそこ強い勢力の組なんだぜ」

「そりゃあ舐めてますよ。あれでしょ? 壱流って姉貴に助けられる前は弱弱しい男子だったんでしょ? 今だって姉貴の前だからカッコつけてるだけでしょ!?」


「惚れてる女の前でカッコつけてなにが悪い?」

「……」


 今、惚れてるって言った? 

 私の聞き間違い、よね。


「龍幻がせっかく時間稼ぎしてんだからそろっと逃げるぞ。お前もこれ以上怪我したくなかったらついてくれば?」

「総長ってのは全員こんな偉そうなんですか?」


「ま、実際偉いしな」

「姉貴。この壱流って人、相当性格ひねくれてますよ!」


「炎帝、とりあえず逃げるぞ」

「!」


 ふいに抱き上げられる。


「天羽狗遠も現闇姫も今は後回しだ。嫌かもしんねーが、俺から離れるなよ?」

「っ……うん」


「あー! 姉貴が女の顔してる! 壱流さん、そこ!僕に代わってください!! そこのポジション!」

「お前はそんな大怪我で何言ってんだ?」


 私は言われたとおりギュッと壱流の服を掴む。壱流の鼓動が早い。ううん、これは私の……?


 初めてのお姫様抱っこ。ムードもなく荒い感じだけど、それでも微かに伝わってくる。

 私を守ろうとしてくれる、壱流の強い思い。


「……」


 今回は私の完全敗北だ。壱流に助けてもらわなかったら今頃私も幻夢も命はなかった。


 夢愛ちゃんの鋭く針のように刺さる冷たい言葉の数々、私には痛いほど伝わった。

 だけど、どうしてだろう? 狗遠からも感じたあれと同じ……。助けてって、そう聞こえるのは何故だろう。


「ここが俺たちのアジトだ」

「僕たちが住んでるたまり場とは違って広いですねー」


「そのへんの不良と総長を比べるなよ。闇……炎帝は怪我の手当てがあるからこのまま俺の部屋に来い」

「怪我の具合でいうなら幻夢を先に」


 私は怪我なんてほとんどしてない。しいていえば吸血のあとと吸血鬼に身体を乱暴に触られたくらいで。


「幻夢は龍幻に任せればいい。この組の医者代わりはあいつだからな」

「龍幻って、変態野郎のことですよね!? 断固拒否します!!」


「幻夢。そんな怪我じゃ次の戦闘に貴方を連れていくことは出来ないわ。少しでも回復するためには傷をなおさないと。ね?」


「うっ。姉貴がそういうならわかりました。本当は嫌です。めっちゃ吐き気がするほど、とてつもなく嫌ですけど、手当てされに行ってきます!」


 そういうと幻夢は足取りを重そうに白銀先生の元へ向かった。


「これで邪魔者はいなくなったな」

「?」


 ポツリと呟く壱流。私にはその言葉の意味がわからなかった。


「この場所が総長として俺に与えられた部屋だ」

「そう。ここが壱流の……」


 私はそっとおろされた。


 壱流が総長になったのは知っていた。だけど、まさかこんな形で壱流の部屋に入るなんて思いもしなかった。


「炎帝、痛むとこはないか?」

「平気よ。こんなの、ただのかすり傷だから」


「だったらなんで泣いてるんだ?」

「え?」


 顔を触るとなぜか濡れていて。それが涙と理解するまでにかなりの時間がかかった。


「俺はべつに身体に痛いところはないかと聞いてない。見た目に関していえば、ほぼ無傷だ。俺が言っているのはお前の心だよ、炎帝」

「っ……」


 その場に座り込んでしまった。


 私はなにが悲しくて泣いているんだろう?仲間が囚われのまま自分だけ逃げてきたことか。短時間で強くなったと思いこんで敵アジトに奇襲をかけるも負けたことか。友達だと思っていた夢愛ちゃんに裏切られたことか。


 多分、ぜんぶ。自暴自棄になりなにもかも投げ出しそうになった私の前に貴方は来てくれた。

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