第13話 シルフィアの話 2

「なんでこんな事になっちゃったんだろうね」


 シルフィアは僕の腕の中にいて、そっと額を僕の胸に寄せてくる。やがてこちらを見上げ、その蒼い瞳でじっと覗き込んでくる。


 そのまっすぐな瞳はとても綺麗で、吸い込まれそうでもある。僕は昔から彼女の綺麗な瞳が好きだった。


 ただ、昔の彼女と違って、今のシルフィアの目にはかつてのような純真さが無くなっていて、その目にはどこか翳りがある。


「リューク、私…その…」


 シルフィアはなにか言い難そうに言葉を詰まらせる。既に十分言い難いことは言ってきたのに、これ以上に言い難いことがあるのだろうか?


 聞きたいような、聞きたくないような。本音を言えば聞きたい。でも聞いたら絶対に後悔する。そんな危険な香りのする内容をシルフィアは話そうとしているのかもしれない。


「その日はね、いつもより早く起きたんだ」


 ようやく決心がついたのか、シルフィアは話し始める。僕はその話をただ黙って聞くだけだった。


「といっても別にすることもなかったから、そんなに早く起きる必要も無かったんだけどね。ただ私、その、リュークが魔族をたくさん殺したって聞いて、なんだか興奮しちゃって寝付けなくてね」


 ドクン。


 興奮、していただと?


 もしかしたら今の僕は少しだけおかしくなっていたのかもしれない。シルフィアのちょっとした言動でさえも変な方向に勘繰ってしまう。


 だから、シルフィアの言葉を聞いて、もしかして朝早くから間男のもとに向かったのではないのか、と妙な邪推までしてしまっていた。


「それでね、いつもより早めに剣の鍛錬をしたんだ」


 と当時のことを振り返りつつ話すシルフィア。


 …え?剣の鍛錬?あ、そうだよね。うん、わかってるわかってる。やっぱ落ち着かない時は体を動かすのが一番だよね!そういう意味じゃ、剣の鍛錬はまさにもってこいよだね!


 ふぅ、一体僕は何を考えていたのだろう。そうだよ、よく考えたらあの日は僕が通信石で合図を送るまで加護は発動しなかった。つまり、そういうことじゃないか。


 そうだよ。シルフィアはあくまで僕の加護のために抱かれているだけであって、その、う、浮気をしたいわけではないのだ。そうだよ。僕以外の男を好きになったとか、そんなこと、あるわけないじゃないか。


「それでね、剣の鍛錬をしてたら、王宮から使いが来て、それで、その準備をすることになったんだ」


 それはおそらくルクスが手配した使いだろう。僕がシルフィアに通信石を渡しているように、ルクス王子も王宮内にいる臣下に通信石を渡して様々なやり取りをしている。


 僕の加護の条件を考えれば、いつでもシルフィアを抱けるように常に間男をそばに置いておくことが本来は理想なのかもしれない。


 しかしシルフィアは女性だ。日夜、常に恋人でもない男と一緒にいるというわけにはいかない。なによりそんな怪しい言動を取っていたら、僕の加護との関連性を疑われかねない。


 もしも僕の加護の正体が敵に知られたら、シルフィアが狙われる。それだけは絶対に避けねばならない。


 だからこそシルフィアはできるだけ不自然な行動は取らない方がよく、僕の加護を使用する可能性が低い時間帯などはルクスが通信石で指示を送って屋敷に帰宅するようにしていた。

 

 そんな状況下で使いの者が来たということは、これから加護を使用する、つまり再び魔族と戦いになるということを意味する。だからこそ、シルフィアは…


「私ね、また戦いになるんだなって思ったら…興奮しちゃった」


 シルフィアは嗤いながらそう言った。


「えっと、それはどういうこと?」


 え、え?こ、興奮した?そ、それはまさか…これからまた間男とエッチできることを期待したってことなの?


 え、違うよね!そんなことないよね!


 シルフィアの唐突な告白に心臓がドクンドンと早鐘をうって僕に警鐘を鳴らす。これはマズイと頭の中で警報が鳴っている。


 まさか、まさか、他の男に抱かれたことでエッチの気持ち良さに目覚めてしまったとか、そんなことないよね!違うよね!


 いいのか?本当に続きを話させていいのか?


 もしかしたら止めた方がいいのかもしれない。しかし僕はシルフィアを止めることなく、ただ固唾をのんで見守ることしかできなかった。


「ふふ、だってそうでしょ?」


 シルフィアの目が怪しく光る。表情こそ笑っているが、目がまったく笑っていない。


「だって、戦争になればまたリュークが魔族を殺してくれるんでしょ?あのクソ魔族どもをぶっ殺してくれる…ふふ、ふふ、ふふふふ、それを考えるとね、どうしても興奮しちゃって、ふふ、楽しくなっちゃうの」


 あの勝気でいつも一生懸命で、とても眩しい笑顔を浮かべていたシルフィア。そんな彼女が今、敵とはいえ相手の死を望み、願い、笑っている。


 まさに狂気に染まっている。今のシルフィアは完全に復讐に憑りつかれているのだろう。


 …うん、いやー、うん、あのー、まあシルフィアの境遇を考えれば、そういうこともあるだろう。ただ、うーん。なんだろう。正直なことを言うと、確かに狂気に染まっているシルフィアはそれはそれで猟奇的なのかもしれない。あの善意の塊だったシルフィアが悪意に染まりつつある。それはそれでショックかもしれない。それはそうなのだが、…


 うん、そうだね。本音を言おう。


 いやー、間男を求めてなくて良かったー、というのが正直な僕の本音だったりする。


 確かにあの誰よりも平和を願っていたシルフィアが死を願うというのはショックかもしれない。そして悲しくもある。でもさ、うん、まあ魔族にも非はあるしね。


 そもそも人類を滅ぼそうとしてる奴らに対してそこまで同情的になれるほど、僕はお人よしではない。


 嫌ならするな、人類滅亡。


 そんな僕のホッとするような反応が意外だったのか、狂気に染まりつつあったシルフィアがなぜかきょとんとする。


「?…えっと、リューク?なんでそんなホッとしてるの?」


「え?あ、いや、そんな顔してた?」


「うん。いいことでもあったの?」


 だって、大事な彼女が間男への浮気よりも魔族への復讐を選んでくれたんでしょ?それはホッとするでしょ!


「いや、本当にいいんだ。シルフィアが楽しそうなら、僕としてはそれで構わない。それで話を続けてくれる?」


「え?う、うん………あれ?なんか思ってたのと反応が違う…」


「うん?なにか言った?」


「ううん、なんでもないよ」


 ニッコリと笑みを浮かべて応えるシルフィア。なんか小声でなにか言っていたが、一体なにを言ったのだろう?


「その、リュークが本当に魔族を殺せるぐらい強いってわかってたから、私、その、凄く興奮してたんだよね」


「うんうん。それで?」


「それでね、その王宮であの人と会ったらね…」


 ピキッ。


 痛った…なんだ?なんか急に頭に痛みが走った。いてて。なんだろう?一体この脳にくる痛みは…


「イェーイってハイタッチしちゃった。えっと、それぐらいなら別にいいよね?」


「え?ああ、う、うん。全然いいよ!」


 ああ、なんだハイタッチか。ふぅ。いや、それぐらい全然問題ないよ!


 確かに大好きな女の子が他の男と仲良くなるのはちょっと思うところはある。あるよ?でもさ、別に異性との一切の接触を禁止するとか、そこまで言うつもりはないから。


 …ところで僕は一体なにを言い訳しているのだろう?そもそもシルフィアは既にこの男に抱かれているだろうに?いまさらハイタッチ程度のことでとやかく言うのか?


 いや、言うだろ。たとえ既に性行為をしていたとしても、だからってなんでもかんでも許すわけないだろ。なにエッチしてんだから他のことやっても問題ないよね?みたいな思想に憑りつかれてるの?ダメなもんはダメ、当たり前だろ!


 そうだった。エッチはしてるのだ。それもがっつりやってるのだ。それを思い出した瞬間、ずきずきと頭が痛んだ。


 まるで脳が破壊されている気分だ。まったく、頭痛薬あったかな?


「それでね、部屋で待ってたら通信石が輝いたでしょ?だから私たちね、また、したんだ」


 とはっきりと宣言するシルフィア。つまり、やったのだ。僕以外の男と。それも二回目を。


 重い。なにか重いモノがずっしりと肩に乗っかったような、プレッシャーに襲われた。


 シルフィアは今、僕の腕の中にいる。僕はそんな彼女を抱きしめる腕にちょっとだけ、力を込めてしまった。


「ん…リューク。もしかして怒ってる?」


「…怒ってないよ」


「嘘だよ。だってすごく力、強いよ?」


「ごめん、今緩めるね」


「ううん、いいの。なんならもっと強くしても良いんだよ?」


 シルフィアの声がやけに優しい。彼女は僕の耳元にそっと口を近づけて、そして囁いた。


「私、また穢されちゃったね」


「…」


「またリューク以外の男に抱かれて、穢されちゃったね」


「……」


「ふふ、ねえリューク。私、悪い子になっちゃったね」


「……」


「でもね、止めないよ。だって私、魔族が憎いもの。魔王を斃してくれてありがとう。大好きだよ、リューク。でもまだ魔王はいるよね?」


「………」


「もっともっと殺してよ。魔族は一匹たりとも生かしちゃダメ。全部、すべて、完全にこの世から消さないとダメなの。そのためだったら私、いくら穢れても構わない。リューク、これからも私、他の男に抱かれて、もっと淫らになるからね」


 と怪しく微笑みながらシルフィアは僕に囁く。


 なんだか、挑発されているみたいだった。


 それはなんだか、そう、シルフィアの態度はまるで…


「ねえ、どうして黙ってるの?リュークは魔王殺しの英雄だよ?そんな英雄の婚約者が他の男に抱かれてるのに黙ってるなんて、リュークてば本当は情けない男なのかしら?」


「……シルフィア。君は…」


「他の男に抱かれてね、私、わかったことがある。リュークって、本当はセックス、下手だったんだね。昔からそうだよね。剣も下手だし、エッチも下手。戦えるのは他の男に女を抱かせている時だけ。本当に情けない男、それがリュークだよね」


 ――こんな情けない事実、とても世間には言えないよね、とシルフィアは続ける。


「本当は弱くて雑魚なリューク。大事な女が寝取られてるのに、なにもできない可哀そうなリューク。リュークは強くなんかない、男らしくもない、女一人も守れない、とーっても情けなくて、哀れで、弱くて、根性もなくて、みじめな男。それがリュークの本当の素顔だよ」


 ――ダサい男、とシルフィアは僕を罵る。


 その言葉の一つ一つが僕の心に突き刺さる。それは、シルフィアに絶対に言われたくない言葉だった。


 そして、ずっと僕の心の中で溜め込んでいた言葉でもある。


 世界を守る。それは素晴らしいことだ。でも、守れていない。一番守りたい女性を守れていない。


 なにもできず、なにもせず、ただ我慢して自己憐憫に耽って、自分は悪くない、シルフィアも悪くない、誰も悪くない、こんな状況に追い込んだ世界が悪いのであって、僕は悪くない、そんな現実逃避をして見て見ぬふりをしている。


 でも、しょうがないじゃないか。そうしないと世界が終わってしまう。やるしかないのだ。だから我慢して、耐えて、嫌なことでも飲み込んでいるのに。


 全部、君のためを思って我慢しているのに、なぜそんなことを言う?


 僕の中にある黒い感情が徐々に肥大して、やがて怒りが浸透してくる。


「リューク、少しくらい言い返したらどうなの?無理かしら?弱いリュークは、女の子にも言い返せないぐらい情けないもんね」


「…ッ!」


「あ…」


 僕は思わずシルフィアのことをソファに押し倒してしまった。暗い部屋の中、青白い月の光が窓から差し込む空間で、僕とシルフィアは二人きり。


 はあはあ、と呼吸の音がやけにうるさい。押し倒されたシルフィアはまっすぐに僕を見つめる。やがて嗤う。


「ふふ、やればできるじゃない。それでこそリュークよ」


「シルフィア…」


「で、どうするの?押し倒すだけ?違うでしょ?本当はもっと乱暴にしたいんでしょ?」


 ――いいんだよ、レイプしても、とシルフィアは怪しく嗤いながら告げる。


「私みたいなわるーい女に暴力振るったって誰もなんとも思わないよ?むしろ良いことだって思わない?他の男に体を差し出す淫売なんて、なにをされても誰も気にしない。そう思わない?」


「シルフィア、僕は…」


「無理か。だってリュークはヘタレだもんね。加護があるから魔王を殺せただけで、本当は女一人を犯すこともできないヘタレなリューク。雑魚で弱くて、本当はなにもできない。だよね?」


「…それ以上は、やめてくれ」


「なんで?嫌だけど?だって私、正論しか言ってないもん」


 もうやめてくれ。でないと僕は…


 知らず知らずのうちに、僕は右手に力を込めて拳を作っていた。


 もうあの頃のシルフィアはいないのかもしれない。僕が守ろうとしていた彼女はもう消えてしまったのかもしれない。


 あの日。故郷を奪われたシルフィアがカルゴアにボロボロの状態でやってきたあの日。あの時点でもう手遅れだったのかもしれない。


 ソファの上で仰向けになるシルフィアは、僕を嘲るように笑みを浮かべ、見下すように僕を見る。僕が握りしめた拳を振り上げているのに、まるで逃げる様子も怯える様子もない。それは僕なんかがシルフィアを殴れるわけがないという見下した余裕からなのか、それとも…


 シルフィアは変わってしまった。だったら…もう、いいのかもしれない。これ以上我慢する必要なんてないのかもしれない。…でも…


 僕は振り上げた拳を思いっきり、自分の頬に向けて殴った。


「ぶほおっ!」


「!!ふえ?え?え?…なにやってるのリューク!」


「あが、ぐお、いったい、凄く痛い…」


 なんだこれ?自分で殴っただけなのに、すごく痛い…力を込めすぎた。バカか僕は?


「うわ、鼻血でてる。ちょっと待ってて、今冷たいもの持ってくるから」


「いや、いいんだ。本当に。ていうか本当に痛い…」


 僕はソファに改めて座り込み、シルフィアの方を見やる。


 なんて痛さだ。危うく、この痛みをシルフィアに味合わせるところだった。あーよかった。シルフィアを殴らなくて本当によかった。殴ったことでなんだかモヤモヤした気分も晴れて、なんだかスッキリした気分だった。


 正直、めちゃくちゃ痛い。でも後悔はない。


 自分を殴った僕を見て、あたふたして、心配そうな顔をするシルフィアを見て、やっぱりだと思う。


 シルフィアは、変わっていない。ただちょっと復讐の味を知ってしまっただけで、本音の部分は変わってないのだ。


 よかった。本当によかった。もしもあのまま殴ってたら、本当にシルフィアを失うところだった。


「もう大丈夫?ああ、血が出てる、すごく痛そう」


 シルフィアは僕の頬をそっと撫でる。彼女の手つきはとても優しくて、さっきまでの暴言を吐いていた女性と同じとは思えない。


 なんか口の中がドロドロするなあと思ったら、口の中が血まみれだった。うわあ。グロ。


「誰か呼んでくるね」


「う、うん。お願い…いや、その前に聞いてほしい」


「え、でも口の中、血だらけだよ?」


 ええー、どうしよう?先に治療するべきか?いや、ダメだ。今言っておこう。


 僕は治療を諦め、改めてシルフィアの方を見る。


 僕は彼女の手をそっと握って、「シルフィア」と声をかける。


「なに?」


「その、さっきのことだけど…そういうプレイがあるというのは僕も知っている」


「…ん?」


 いきなり変なことを言ってしまったせいか、シルフィアは不思議そうに首を傾げる。


「えっと、だからその、女性が男を罵ってわざと怒らせて、その、暴力的にいやらしいことをするみたいな、そういう乱暴なプレイがあることも知ってるし、そういうこと専門の娼館があることももちろん僕は知ってるよ」


「…そんなお店あるの?」


 おや、知らなかったのかな?しまった、とんでもない知識をシルフィアに与えてしまった。いや、今は後悔は後回しだ。


「うん、あるんだ。それで、そういうプレイをしてみたいって言うなら、それはそれで全然かまわない。そういう性癖があって試しにやりたいというなら、僕はぜんぜんやっても良いと思う」


「そんな人、いるんだ」


「うん、まあ世の中広いからね。そういう方法で気持ち良くなれる人も世の中にはいる。だからそういう方法でシルフィアが気持ちよくなれるって言うなら、やってもいいんだ。でもね、シルフィアを傷つける目的でやるって言うなら、僕は賛成できない」


「……」


「シルフィア、嘘は止めてほしい。さっきの君の言動、はっきり言って、演技なのがバレバレだった。シルフィアが本心からああいうプレイをしてみたいというならそれはそれで良い。でも違うんだろ?シルフィア…」


 ――本当のことを言ってもらえないだろうか、と僕は彼女に懇願してみた。


「…リュークごめん、私、嘘ついていた」


 やっぱり。


 確かに彼女の行動は演技臭かった。でもそれ以上、僕は彼女が嘘をついているという確信があった。


 なにしろ加護を通じて彼女が間男とのエッチで気持ちよくなっている姿を見ているのだ。今更魔族を殺す姿を見て気持ちよくなった、エッチの快感で気持ちよくなったわけではないなんて、そんな嘘が通るわけがない。


「私、リュークに謝らないといけないことがあるの」


 シルフィアは表情は、なんだか悲しそうで、蒼い目が涙で潤んでいる。ただ、さっきまでのような狂気が消え去り、久しぶりに昔のシルフィアに再会できたような気がした。


 よかった。やっぱりシルフィアを殴らなくてよかった。彼女の口から本当のことを聞けるなら、自分を殴る価値はあったというものだ。


「リューク、ごめん」


「いいんだよ、シルフィア」


 そうだよ、良いんだ。たとえシルフィアがエッチで気持ちよくなったとしても、それがなんだ。それでシルフィアの価値が下がるわけじゃないんだし!


「私ね、リュークが魔族を殺したって聞いて、本当は嫉妬してた」


 …あれ?なんか思ってたのと違うな。


「なんで私じゃないんだろ?私はこんなにも魔族を殺したいって思ってるのに。どうして?なんで私じゃなくて、リュークにそんな加護がもらえるの?…羨ましい。リュークのこと、ちょっとだけ、憎んでた。ごめんね」


 ぐす、シルフィアの瞳から涙が零れ、頬を伝う。


「ごべん、本当にごべんね。うぅ、ただ、どうしても気持ちを止められなくて。それで、それでね、私…なんでこんなことしちゃったんだろうって、すごく後悔した」


 ――もしかしたらリューク死んじゃうかもしれないのに…と涙声でシルフィアは云う。


「魔族が憎い。でもそれ以上に怖い。なんでリュークを戦場に行かせちゃったんだろうって、すごく後悔してた。もしかしたら死んじゃうかもしれないのに。なんで一緒に逃げようって言わなかったんだろうって、後悔して、怖くて、それで生きるってわかってホッとして、それでまたリュークに嫉妬しちゃった」


 ――騎士になりたいって言ったのは私なのに。


 ――なんでリュークだけそんなに強くなれるの?


 ――ずるいよ。リュークばっかり羨ましいよ。


 ――好きなのに。リュークのこと好きなのに、なんでこんな感情ばっかり湧くんだろ?


 ――本当に私って醜いよね、死ねばいいのに。


 シルフィアは続ける。


「リュークは凄いよ。カッコイイよ。魔王を斃せるなんて英雄だね。そんな凄い人の隣に私みたいな醜い女がいたらダメだよね。だからねリューク、この戦いが終わったら、私のこと、捨ててくれるかな?」


 ふふ、と笑みを零すシルフィア。ようやく、本当にようやくだけど、彼女の本心が聞けたような気がした。


「シルフィア…」


「なに?」


「僕はまだ諦めてないよ」


「え?」


 僕は思い出す。昔の君を。そしてこれからの君に思いを馳せる。


「昔さ、一緒に船に乗ったことあるだろ?」


「え?あ、ああ、そんなこともあったね」


 懐かしいね、とか弱く笑うシルフィア。


「風に吹かれて、髪を靡かせて、船の上って意外と空気が冷たくて、それでも楽しそうに笑ってた君のことを見て、シルフィアのことを一生大事にしたいって思ったよ」


「え?」


「まだ諦めてない、諦めてないんだ!君を地獄になんて行かせないぞ」


「りゅ、リューク?」


 僕はシルフィアをギュッと強く抱きしめる。


「辛いかもしれない。悲しいかもしれない。でも僕はまだ諦めてない。絶対に君を幸せにする。地獄には行かせないよ」


「で、でも私、リュークのこと…その…利用しようとしたよ?嘘ついて、わざと戦場に行かせようとしたよ?」


「ああ、そのおかげで勝てた。結果オーライだね」


「そ、それに私、その、感じちゃったよ?リューク以外の男の人に抱かれて、気持ちよくなっちゃったよ?」


 だよねー。うん、知ってるー。見てたもん。加護のおかげでさー、リアルタイムで鑑賞できてたもん。


「…」


「あ、やっぱり傷ついてた?」


「それは、うん、傷つくよ?でも、そうだな。シルフィア」


「な、なに?」


「今から君を抱く。いいよね?」


「え?」


「僕の色に染める。たとえ他の男に抱かれたとしも、それで気持ちよくなったとしても、関係ない。だったら僕の方がそいつより上手くなってシルフィアを喜ばせればいい。さあ行こう」


「え、あの、え?……は、はい💓」


 そうだよ、なぜ気づかなかったのだろう?僕が上手くなれば済む、それだけの話じゃないか。


 寝取られたら寝取り返せばいいじゃないか。はは、倍返しだ!


「さあシルフィア。今からお風呂に入ろう。ふふ、いっぱい洗ってやるぞ」


「え、え、でも、リューク、口から血が出てるよ?」


 そうだった。先に治療しないとな。


 その後、僕はメイドを呼んで傷口を消毒してもらい、ついでに治癒魔法をかけてもらって傷を治してもらった。さすがルクス王子が招集した精鋭の護衛部隊だ。治療もお手の物だよ。


「ご主人様、我々は確かに護衛部隊でもありますが、さすがに自決までは防げませんよ?ご自愛ください」


 治療魔法を受けた後、そんな感じでメイドに怒られてしまった。


 そして風呂場へとシルフィアを連れていき、そこでいっぱい洗いっこして、一緒に入浴した。


「りゅ、リューク待って。そこは自分で洗う……あん💓」

「リューク、すごい、ん💓、あん💓、んんッ💓…そこはダメだって…うんッ💓」

「あんッ💓…もう💓…大好きだよ💓」


 お風呂から出たら、そのまま何も着ずに寝室へ行き、シルフィアをベッドの上で抱いた。


「リューク!リューク!す、すごいよ!…💓💓」

「ふえ!ま、まだやるの!だっていつもはもっと早いのに…あんッ💓」

「りゅーくぅー💓。もう無理だってば…あん💓」

「好き💓、好き💓、好きだよ💓、大好き💓…リューク💓」

「…」

「…」

「…」

「………好き💓」


 とにかく抱いた。なんだかいつも以上に力が湧いてきて、止められなかった。


 やがて体力が尽きた頃には窓に朝の光が差し込み、ちゅんちゅんと小鳥がさえずっている。


「ふふ、ふふ」


 汗まみれになってうつ伏せになるシルフィア。彼女は枕に顔を埋めつつ、ちらりとこちらを見ると、嬉しそうに笑いながら言う。


「ねえリューク。私、他の人に抱かれて感じちゃったけど…リュークとのエッチが一番幸せな気分になれたよ」


 ――好きな人とするエッチが一番幸せになれるね…


 そう言って僕にキスをすると、そのまま力尽きたのか、スヤスヤと眠りについた。


 僕が我慢していたように、シルフィアもいろいろ我慢していたのかもしれない。そんなすべてを吐き出して、僕はようやくスッキリ。久しぶりに心地よく眠ることができた。


 そしてお昼ごろ。


 ようやく目を覚ました僕らは遅めの朝食もとい昼食を取ることに。その席で、シルフィアは僕に言う。


「ねえリューク」


「うん?なにかな?」


「私、リュークが好き。私もね、諦めたくない。でもね、夢見るだけじゃダメだよね。もっと現実を見ないと」


 それは、確かにそうだ。確かに魔王ギュレイドスを斃すことで人類の絶滅という危機は一時的にだが取り留めることができた。しかし、まだ危機は去っていない。僕ら、というより人類はいまだ危機的状況にある。


「確かにリュークは強いけど、でも制約が多い。もしも今回みたいに戦闘中に加護が使えなくなったら…それだけは絶対に避けたいの。だからね、もっと加護の協力者を増やした方が良いと思うの。リュークもそう思うよね?」


 僕は食べかけていたパンを落としてしまう。


 …それは、えっと、どっちの意味だろうか?男を増やすという意味なのか、それとも女性を増やすという意味なのだろうか?


「ね?リューク、一緒にがんばろ!」


 と朗らかな笑みを浮かべて言うシルフィア。いや、だからどっちですか?それ、どっちの意味で言ってるんですか!?


 もちろん、僕も彼女と一緒に頑張りたい、という気持ちはある。だが、内容が内容だけに、即答することはできなかった。

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