Ⅰ 蹉跌・・・?!
そうだ! 私は、空白の時間を取り戻した。私が突然、はっと、頭を上げたので、妻も驚いたようだった。
「貴方! どうしたの?」妻は心配そうに私を覗いた。全てを思い出した。しかし、この記憶の回復は、現在の人生に影を落 とすだろう。これで良かったのか? 家庭はどうなる! 私の生き甲斐は? どうなる。空白の時間の事実は、次の通りだった。
※ ※ ※ ※ ※
あれは・・・私がM商事会社に就職して、三年目のことだった。確か・・・その 年はやけに暑い年だった。七月の上旬というのにその日は、とても暑くて会社の営業課四係で、暑気払いを兼ねて、ビアガーデンで懇親会を開く事となった。和泉課長や小林係長を含め七人程で、ビアガーデンに行ったのだ った。私も若かったものだから、調子にのって飲みすぎたのだ。お開きの頃にはかなり酔っていた。みんなは二次会にカラオケに行こうと、盛り上がっていたが、私は翌朝にお得意様の課長と会う約束があったので、みんな と別れて、帰途に着いた。電車の駅に向かう途中、正面からやはり酔って千鳥足の女性が歩いてきた。危なっかしい足取りの若い女性であった。私は、大丈夫かなと思って見ていたら、案の定、道路脇の電柱に凭れるように 寄りかかり、膝まづいたかと思うと、嘔吐を始めた。かなり苦しそうだ。私は、その女性に駆け寄り近くにあった自動販売機から、水のペットボトルを買い求め、彼女に
「大丈夫ですか?」と背中を擦りながら、ペットボト ルを渡した。彼女は「大丈夫です」と答え、水をごくごくと飲み始めた。私は彼女を抱えあげ、「かなり飲んでますね、女性の一人歩きは危険ですよ。駅まで送りましょう」と言って、彼女の左腕を肩に担ぎ、抱きながら駅 に向かった。 すると彼女のいい香りか私の鼻腔をくすぐった。私の体の中の野生に火が付いた。駅に続く道には、ホテル街があった。私も若かったものだから、誘惑に勝てなかった。彼女を抱えたまま、ホテルの中に入っていった。別に彼女も逆ら わなかった。自然の成り行きで、二人はホテルに入り、私と彼女は愛し合った。私は、明日の仕事を思いだし、
「私は、明日早くから仕事があるので帰るから! お金は清算して帰るから、君はゆっくりして帰りなよ」と彼 女に言って、スーツに着替えて帰ろうとした。その時床に何か落ちていたので、拾い上げると、彼女の定期入れみたいだった。つい、折り返しの中を見ると、学生証が挟まっていた。見ると、
〈M大学四学年・・和泉恭子!〉
とあった。
ーー女子大生か・・・サークルの飲み会の帰りだったのかな・・・?ーー 私は、それを彼女の枕元において、部屋を出て、入り口でホテル代金を清算して、ホテルを出た。そして駅に向かい、自分のアパートに戻った。
〈一夜のアバンチュールってところかな! あの娘無事に帰ったかな・・・〉
私は、眠りながら考えた。 〈・・・・・・・・〉
それから、そう、その年の九月の三十日のことだ。私が会社に就職して始めて大きな契約を取れた日の事だっ た。課長や係長に誉められたのを思い出した。その日、残業で少し遅れて帰った私がアパートのある駅に着いたら、もう九時頃だった。辺りは暗くなっていて、夜風も冷たくなっていた。私は河川の土手の上にある道路をア パート目指してとぼとぼと帰っていた。
―― そうだ! その時だったんだ!ーー
私が何気無く川の方を見ると、女性が川原に立って、川の中に入ろうとしていたんだ。
〈・・・・・・・・〉
私は入水自殺を想像した。慌てて、河川敷に駆け降り 、川原を駆け抜け川に入っていた女性を抱き締め、川原に引きずり戻した。
「バカ野郎! 死んでどうする。まだ死ぬには早いよ!」 と叫んで引き戻したと思う。しかし、その時私はその女性から意外な言葉を聞いた。
「何すんのよ! 誰が死ぬのよ! 私はね、川の中でお腹を冷して、子供を堕胎したいだけなのよ! 死んだりなんかしないわよ!」私は、唖然とした。
「死ぬ気はない! 堕胎するために!・・」 ーー
そうだったんだ! その為に川の中に・・流産するために・・・ーー
とにかく彼女を石ころだらけの川原に引きずり上げた。しかし、その言葉に驚き、川原の石ころで足を滑らせ、彼女と二人で仰向けに倒れた。私は身体中を打ち上げたが、何とか 身体を起こし、彼女の様子を見たところ、彼女は運悪く後頭部を大きな石に打ち付けていて、頭の下の石が赤く染まろうとしていた。私は彼女の身体を揺すり、大丈夫か、と声をかけたが、動かなかった。私は動揺した。私 が殺したのか? 自分でも訳がわからず、彼女の身体を土手の上にまで引き上げた。近くには白いハイヒールも揃えてあった。
〈・・・・・・・〉
私は恐くなった! 慌てて、その場を逃げていった。そしてアパートに逃げ帰り、布団を頭からすっぽ り被って、震えていた。
ーー忘れるんだ! 忘れるんだ!ーー
と自分に言い聞かせた。夜中になるとどしゃ降りの雨が降り、明け方まで全てを押し流すように降り続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます