76.それって生き物に使えんの?

「わからないことばかりね……」


 夜、中川さんがポツリと呟いた。

 俺たちは今夜も外で寝ることにした。中川さんの結界魔法が万能すぎて、外でもかなり快適だったりする。とにかく虫が突撃してこないのが助かる。


「南の国に行くのに、船で片道半年もかかるのよね? それなのにどうしてあの人たちは生きていたのかしら?」

「確かに……」


 攫われて箱の中にずっと閉じ込められていたとしたら、どうやって生きていたのだろう。必要最低限の生命維持をする魔法でもない限り彼らが生きているのはおかしかった。


「ドラゴンさんに聞いたらわかるのかな。それか……やっぱりロンドさんか」


 三人が嘘をついている可能性は0ではなかったが、彼らが入っていた箱はそう簡単に開かないようになっていた。となると、船に乗っていた間彼らは箱の中から出ていないことになる。暗かったから出入口が見えなかったとか?


「聞けるなら聞いてきましょう」


 真っ暗な中、俺は中川さんとドラゴンの棲んでいる洞窟に入った。


「ドラゴンさん、ちょっと聞きたいことがあるんですけどいいですか?」

『……なんじゃ、もう寝る時間じゃぞ』


 洞窟の一番広いところで寝そべっているドラゴンに声をかけたら、文句を言われた。俺の首に巻きついていたミコが俺の身体を伝って降り、ドラゴンに向かって駆けていく。


「あっ、ミコ!」

『なっ、何をするんじゃイイズナ~ッ!?』


 火魔法で明かりを点けているだけなので何をしたかの詳細までは見えなかった。おそらく、ミコはドラゴンの鼻を齧ったりしたのだろう。


「ミコ、だめだろ……」


 トトトトッと戻ってきたミコが俺の身体に登ったので撫でる。ミコはまた俺の首にくるんと巻きつくと、キュウッと得意気に鳴いた。


「ドラゴンさん、すみません……」

『……イイズナを制する者など……まぁよい。して、なんじゃ?』


 ドラゴンは少しの間どったんばったんと暴れていたが、やがてウオッホン! と咳払いをするとそう言った。


「えーと、昨日私たちが連れてきた南の国の人たちなんですけど、ほぼ飲まず食わずで半年船の船室にいたみたいなんですよね。ずっと寝ていたらしいんですけど、そんなことができる魔法とか……そういったものはあるんでしょうか?」


 中川さんがしどろもどろで聞くと、ドラゴンはううむ、と唸った。


『半年程度、我であれば飲まず食わずでも問題はないが、人間はそういうわけにはいかないはずじゃ。となると、身体の機能を強制停止させる魔法かのぅ。それなりに魔力は使うはずじゃが、はて』

「そういう魔法があるんですね!?」

『あることはあるが……限られた者しか使えぬはずじゃ。そうじゃのう、例えばそなたの持っている袋であるとか、そういう魔法じゃろうて』

「えええええ……」


 一応リュックに生き物を入れようと試したことはあったけど、できなかったんだよな。ってことは、生き物を入れられる四次元ポ〇ットみたいな魔法があるってことか?(せめてアイテムボックスと言え)


「……ってことは、機能の強制停止には入れ物が必要ってことなんですか?」


 中川さんはピンとこないようだった。


『そうじゃ。あの三人は箱に入っていたのではなかったか?』

「そういえば、頑丈そうな箱に入っていました……」


 中川さんが呟く。

 あ、と思った。

 船内ではよく見えなくて、俺はあれがてっきりでかい木箱か何かだと思っていたのだ。開けるような場所がなくて壊したんだよな。釘みたいなのが打ち付けられているのかと思って。

 ってことは、もしかしてあの箱自体がそういう箱だったのか?

 そういえば北の国の人間は保存の魔法が使えるとかなんとかあの三人が言っていたような……それが人間にも適用できると気づいた誰かが、南の国の人間を攫うことを思いついたのか……?

 魔法、怖い。


「あの箱に魔法をかけて? そうじゃなくて、あの箱自体が魔法だったってこと?」


 中川さんがぶつぶつ言っている。


『箱が魔法なわけはなかろう。人間は確か……なんじゃったかのう……物……じゃのうて、使う物……』

「使う物? ……もしかして、道具、ですか?」

『そうじゃそうじゃ! その道具? とやらを魔法で使っている、のかの? わからんが……』

「それって、魔道具ですか!?」

『……そんな名じゃったかのぅ……』


 確かにあの箱が魔道具であったならおかしくはない。でも人間もそのまま保存してしまうとかどうなってんだ。さすがにゾッとした。


「こわっ……」

『何を怖がることがあろう? 便利な物がほしいと作ったのは人じゃろうて』

「それはそうなんですけど、その道具を使う側が悪いことを考えるのがこわいなって」

『それはあるかもしれぬな』


 ドラゴンはゆっくりと頷いた。


「魔道具にしまって持ち込むのだったら、確かに可能よね……それを考えたのはローグ伯爵だけなのかしら?」

「おそらく、他にも考えた人がいるんじゃないかな?」

「……これは、南から戻ってくる大型船は全部見張ってないといけないんじゃない?」


 中川さんはそう言いながら難しい顔をしていた。さすがにそれは現実的ではないと思っているだろう。


「……俺たちがそこまでする必要はないと思うよ。保存の魔法がかかった魔道具の箱に人が入っている可能性もあるってことを、テトンさんのお兄さんに伝えるぐらいでいいんじゃないかな」

「……それもそうね」


 ドラゴンに礼を言いつつゴートの肉を納めて、俺たちは青空寝床に戻ることにした。ちなみに、ゴートの肉を出した途端ミコとカイが反応したので小間切れの肉を出して事なきをえた。うちのかわいいイタチたちがとにかく肉食で困る。


「……どーすっかな」


 寝床に転がって呟いた。


「どうしようね……?」


 ホント、どうしよう。

 あの三人とか、南の国に行くこととか、そして報告とか。

 次々と問題が出てきて頭がパンクしそうだ。

 でも俺一人で悩まなくていい分まだマシかなと思いながら、その日は寝たのだった。


次の更新は、23日(土)です。よろしくー

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