33.ジャンさんの館にお邪魔してみた

 中川さんとジャンさんの奥様がにこやかに話している。

 その間に、侍従のカタリさんに王都の門の近くで狩ったヤチョウを預けた。


「すみませんが内臓はミコとカイに取っておいてください」

「ありがとうございます。ヤチョウもなかなか捕れませんので」


 ヤチョウはそれほど高いところを飛んでいるわけではないが、やはり飛んでいるので狙いにくいみたいだ。俺とか中川さんぐらい能力が上がっていると狩るのにそれほど苦ではない。これは自画自賛ではなく事実である。


「あと、クイドリも狩ってきたのですが……」

「クイドリですって!?」


 それに食いついたのは奥様だった。


「あ、はい。王都の側の林で一泊してきたので……」


 中川さんがそう言うと奥様は困ったような顔をした。


「ヤマダ様! ナカガワ様を野宿させるなんて……!」

「そうですよね……」


 俺も中川さんを野宿させるのには抵抗があるんだけど、今更と言えば今更なんだよなぁ。


「あのっ、私は慣れてますから大丈夫です。荷物は全部山田君が運んでくれてますし」

「そんな……」


 奥様としてはどうしても納得がいかなかったようだが、中川さんが俺をかばうのでその矛を収めてくれた。そうだよな。ソロキャンプとかやってたって言ったって、野宿が好きなわけじゃないし。これからは気をつけよう。

 ミコは水を飲むと俺の肩に戻ってきた。カイは中川さんが奥様と話しているので一応遠慮しているらしい。


「それよりも」


 奥様は咳払いをした。


「今夜は泊まっていかれるのよね? 夜には主人も戻ってきますし」


 中川さんと顔を見合わせた。挨拶をしてからナリーさんのところへ向かい、それからオオカミと合流して一度山に戻るつもりだったのだが、どうしたものだろう。


「ヤチョウもクイドリもいただいたのですもの。是非泊まってくださるわよね?」


 奥様がにっこりした。笑顔の圧がすごい。


「はい、ではお言葉に甘えます。明日には移動しないといけないので、明日の朝には発ちますね」


 中川さんが返事をしてくれた。俺がはっきり言えなくてごめんと思った。


「そういえば、ジャンさんは登城されたとのことですが……何かあるんですか?」

「ええ、兵士長を兼任することには変わりないのだけど、国軍の将官になってしまっての。だからいろいろ仕事がたいへんみたいなのよ」

「えええ」


 国軍の将官って、国でもかなり上の身分なんじゃないか? いや、伯爵って時点で身分は相応に高いと思うんだけどさ。


「じゃあ、お仕事たいへんなんじゃないですか?」


 中川さんが聞く。彼女は彼女でよくわかっていないのだろうけれど、ジャンさんが更に偉い立場になったってのは感じ取ったみたいだ。


「ええ、忙しいは忙しいのよね。主に……誰かさんの尻ぬぐいみたいなものみたいですけど……あらやだ、私ったら」


 奥様はそう言うとほほほと笑んで扇子で口元を隠した。


「ジャンさんはたいへんでも、毎晩帰宅されるんですか?」

「ええ、春になったからこれからもっと忙しくなるとは思うけど、今のところは毎晩帰宅しているわ」

「ありがとうございます」


 ちょっと厨房の方に顔を出してきたいと言うと、かまわないという。奥様も少ししなければならないことがあるということで、その後は別行動となった。

 侍従に案内を頼んで厨房へ向かった。


「あ、ミコやカイも一緒で大丈夫ですか? 厨房なので……」

「そうですね。できましたら厨房の手前でイイズナ様方にはお待ちいただけると助かります」


 やっぱ衛生のことを考えたら動物は連れて入ってはいけないと思う。


「スパイスの件でしょ? だったら私がミコちゃんたちと待ってるわ」

「中川さん、ありがとう」

「ミコちゃん、私とここで待ちましょう」


 中川さんがミコに声をかけると、ミコは首を傾げてその手に乗った。中川さんが笑顔になる。

 昨夜、ジャンさんのところに一定量のスパイスを置いてこようという話になったのだ。もちろん厨房を見せてもらってどれがどれだけ足りなくなっているのか聞いてからにはなるけれど。


「こちらが厨房ですが、ヤチョウとクイドリの他に何か……?」

「あ、ええと。こちらではどの程度スパイスが不足しているのかと思いまして。テトンさんが森の側で香辛料を採るお仕事をされていましたけど、今は従事する方がいないみたいなので……」

「そうですね。香辛料の不足はかなり深刻です」


 侍従もコックもとても困ったような顔をしていた。一応胡椒などは大事に使っているらしい。でもそうすると物足りない味になるということでいろいろ工夫はしているみたいだ。

 というわけで、「内緒ですよ」と言いながら胡椒やシナモン、ローリエの葉、クミンや乾燥した生姜などを少しずつ分けてみた。何せ俺の水筒から調味料が出るだけでなく、森の側でテトンさんたちが大量に摘んだ分もある。うちは調味料に困らないので、多少分けたところでなんということもなかった。

 けれど館のコックと侍従は目を剥いた。


「こ、こここんなによろしいので?」

「お分けしたということは奥様とジャンさんに伝えますので、これでおいしい料理を作ってください」

「ありがとうございます、ありがとうございます」


 拝まれてしまったけど、この状況もなんとかできたらいいなと思ったのだった。



次の更新は、26日(水)です。よろしくー

誤字脱字などの修正は次の更新でします~


近況ノートに書影載せましたー。よろしくですー

https://kakuyomu.jp/users/asagi/news/16818093079708447022

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