32.やっと王都に入ったけれど

 前回は王都の門のところまでジャンさんの館に勤めている侍従さんが迎えに来てくれたけど、今回はテトンさんたちもいないので自分たちで向かう。

 門の内側は馬車などが停まる為の車止めがあり、広場のようになっている。その広場の端には屋台が並んでいるのだが、以前よりもその数を減らしているように見えた。

 その少ない屋台の中で、行列になっているところがあった。


「何を売っているのかしら?」


 中川さんは興味を惹かれたようだ。


「なんだろうな」


 近づいてみると、「買うなら並べよ」と行列に並んでいる人に言われてしまった。


「いえ、何を売っているのかなと思いまして」

「串焼きだよ」

「ああ……そうなんですか」


 ただの串焼きにこんなに人が並ぶものだろうか。疑問が顔に出ていたのか、


「ここの串焼きにはスパイスが使われてるんだよ」


 並んでいる人が教えてくれた。


「あー、そうなんですね。ってことは他の店の串焼きにはスパイスが使われていないんですか?」


 呆れたような顔をされた。


「王都に来たばっかなのか? お前のとこの村にはスパイスがあるのかよ」

「来たばかりで王都の事情を知らないんですよ。確かにスパイスが足りないとは途中の村でも聞きました」

「だったらわかるだろ?」


 そこの串焼きの屋台では胡椒を使っているらしい。胡椒だけで味わいがかなり違うから気持ちはわかる。ただし胡椒を使っているせいで、串焼きは一本銅貨8枚もするそうだ。かなり高いなと思った。(銅貨1枚で約100円ぐらいの価値)

 それぐらいスパイスが手に入らないというのは深刻だ。


「中川さん、行こう」

「そうね」


 中川さんも事態は思ったより悪いと感じたみたいだった。頷いて行こうとしたら「待ちな」とまた声をかけられた。


「? なんですか?」

「教えてやったんだからよ」


 と行列に並んでいる人が手を出す。呆れてしまう。そんなの行列の前の方に行けばわかる情報じゃないか。

 首にくるんと巻きついているミコが顔を出した。


「えっ?」


 そしてキイイイイイッッ! とその人を威嚇した。


「ひぃいっ!?」

「も、もしかして……」

「イ、イイズナ様!?」


 中川さんを促して急いでその場から逃げた。ミコは俺のいら立ちとか、それなりに感じ取ってしまうみたいだ。


「ミコありがとな」


 ミコの毛を撫でながら、王都の門を二つ三つ越えた。そうして大きな館が並ぶ通りに出た。ジャンさんの館はこの通りにある。


「……なんていうか……荒んでるわね」


 中川さんがポツリと呟いた。それに頷く。

 もしかしたらあの人がそういう人だったのかもしれないけど、人々が全体的にいらいらしているようにも感じられた。

 中川さんは首に巻きついているカイをなでなでした。

 キュウ? とカイが甘えたように鳴く。中川さんは笑顔になった。


「すごく癒されるわ。ありがとうね、カイちゃん」


 俺もミコをなでなでしながらジャンさんの館へ向かった。うん、確かにうちのもふもふたちには癒される。

 館の門には必ず門番がいる。見覚えのある門番の姿を見て、そこがジャンさんの館だということがわかった。どうも似たような大きな館が多いせいか、はっきりしなかったのだ。


「ミコ、カイ、肩に乗ってくれ」


 声をかけて首から肩に移動してもらう。この方がわかりやすいからだった。


「こんにちは」


 門番に話しかけると、門番は目を見開いた。


「あっ、勇者様、ですよね?」

「勇者ではないですけどね」


 苦笑する。


「ジャンさんに会いに来たんですが、いらっしゃいますか?」

「聞いて参ります!」


 いるかいないかはここでは言えないみたいだ。すぐに門の内側へ通してもらい、門の横にある小屋で待たせてもらうことにした。


「ヤマダ様、ナカガワ様、ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ」


 小屋に来たのは侍従のカタリさんだった。秋の終わりの頃ぶりである。相変わらずかっちりとした恰好で、優しそうな表情を浮かべていた。カタリさんは中年の男性である。


「ご無沙汰してます」

「あいにく伯爵は不在ですが、奥様がいらっしゃいますのでご挨拶を」

「お仕事ですか?」

「はい、本日は登城されています」


 ジャンさんがいないと聞いて残念に思ったが、仕事ならばしかたない。どうも自分たちが毎日日曜日なせいか、つい失念してしまう。なんだかなと思った。

 館に足を踏み入れる。建物は豪華だけど、調度品はシンプルだ。

 そのまま応接間に案内された。


「イイズナ様方には何をご用意いたしましょう?」

「水をいただけると助かります」

「かしこまりました」


 応接間のソファに腰かければミコとカイは俺たちから降りた。そして部屋の中をふんふんと嗅いで回る。その姿がかわいくてつい笑顔になった。

 ノックの音がして、侍女が扉を開けた。


「こんにちは、お久しぶりですね。いらっしゃいませ」


 ジャンさんの奥様だった。

 相変わらずキレイな人だなと思ったら、ミコがトトッと俺の身体を登り、いきなり鼻を齧った。


「うぉわぁっ!?」


 なんでだよ? 甘噛みだってわかっててもこわいから止めてほしい。

 中川さんと、ジャンさんの奥様は目を丸くしたのだった。



次の更新は、22日(土)です。よろしくー

誤字脱字等は次の更新で修正します~

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