冬が近づいてきた
1.オオカミがやってきた
昨日俺が叫んだ声が聞こえたのか、昼前にオオカミが山の上にやってきた。
『毛がパリパリするのぅ……降りるぞ』
オオカミは俺の顔を見るなり、不機嫌そうにそう言った。
ここが乾燥してるってことなのかな。それよりいきなり人の上着を咥えようとしないでほしかった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
ミコが俺の首元のネックウォーマーから顔を出して、キイイイイイッッ! と声を上げた。それでオオカミはババッと下がった。俺は耳が痛い。(内側が)
最近のミコの定位置は俺の首回りである。それを覆うようなネックウォーマーを付けているから、ミコはいつでもぬくぬくだ。俺もあったかくて助かっている。
『……そなたが呼んだのだろう。森へ戻るのではなかったか?』
「そのつもりですけど、一応準備ってものもありますし。まずは腹ごしらえをしませんか?」
『……それもよかろうて』
オオカミはフン、と鼻を鳴らすと、その場にくつろぐようにして横たわった。ほっとした。いきなり森へ直行されても困ってしまう。
「……山田君、大丈夫?」
「ヤマダ様、大事ないですか?」
中川さんとテトンさん夫妻に心配そうに声をかけられて苦笑した。ムコウさん家族はもっと離れたところで俺たちを窺っている。まぁ、驚くわな。
「へーきへーき。それよりオオカミさんが来てくれたからそろそろ森へ向かう準備を始めようよ。でもその前にごはんにしよう」
「そうね。じゃあ山田君、お肉を出してもらってもいい?」
「うん」
中川さんに言われて、俺はリュックから肉の包みをいくつか出した。すっかりこのリュックも四〇元ポケット状態になっているよな。
ゴートの肉、でっかいネズミもどきの肉、ヤクの肉は俺と中川さん、それからオオカミが食べるだろう。ドラゴンはテトンさんとムコウさんたちからゴートの肉を大量に献上されてご機嫌だ。もちろん俺たちもドラゴンの縄張りにいるのでヤクの肉を分けている。
中川さんたちが調理をしてくれている間に、オオカミにヤクの肉を出した。
『うむ、これはなかなかうまいのぅ。森の獣もうまいが、山の獣の肉もよい』
ドラゴンは肉をもりもり食べてすぐに機嫌を直したみたいだった。よかった。
『連れに来たのか』
ドラゴンがズシンズシンと近くにきた。
『ああ、コヤツに呼ばれたのでな。この山の上で過ごすのはつらいのだろう』
『そうか。ならばとっとと行ってしまえ』
ドラゴンはそっぽを向いた。ツンデレが発動したらしい。
「えっと……ドラゴンさんはこの山が縄張りなんですよね? 森に少し滞在したりすると、なんか問題ってあります?」
気になっていたので聞いてみた。
『獣があまり寄ってこなくはなるじゃろうな』
「ああー……」
やっぱそういう問題があったか。オオカミが答えてくれた。
『もしコヤツが森にしばし暮らすとなれば、獣たちは森の端へと逃げていくはずじゃ』
「それは、まずいですね……」
森から獣たちが出なければ問題ないが、そんなことはないだろう。人里まで出て行って人を襲うに違いなかった。
やっぱドラゴンて最強種なんだよな。
「ドラゴンさん、俺たちの運搬だけ頼んでもいいですか?」
『……肉をよこせ』
「はい」
ヤクの肉を出した。それをドラゴンはぱくりと食べた。
『そなたらを運ぶのはかまわん。だがもっとうまい肉を食ってみたいとは思わぬか?』
「え?」
まだこの山には強い獲物がいるんだろうか。それとも別の場所かな?
「どこかに何かいるんですか?」
『うむ』
ドラゴンがコホンと咳払いした。つーか、ドラゴンも咳払いするんだと感心してしまった。ミコがするりとネックウォーマーから出てきて、俺の肩に乗った。獲物と聞いて黙っていられなかったみたいだ。こういうところ、ミコも猛獣だよなー。
「どこにいるんです?」
『西の山じゃ』
「西ってことは……もしかして森の更に向こうの山ですか?」
『うむ』
ドラゴンは満足そうに頷いた。
森の西側に接した山には更においしい獲物が生息しているらしい。おいしいってことは、ヤクよりも強いのか?
「それを、俺たちを森に送って行きがてら狩るってことですか?」
『うむ。あの山は住むには向かぬが獲物は豊富でのう。久々に食べとうなった』
『それは初耳じゃ』
それを聞いてオオカミも頷く。ミコをちら、と見れば目がキラーンと光っているように見えた。ミコさん、怖いです。
「ごはんできたよー」
中川さんに声をかけられて、俺たちは一旦その話を中断した。
今日のお昼ごはんは、木の実を潰して焼いたクッキーと、ヤクの肉のステーキ、それから野草のスープだった。なかなかに豪華である。
「ここを出るってなったら、木の実をいっぱい摘んでいかないとよね」
「そうですね。寒いですけど……あと二、三日は耐えられそうですし」
「凍えそうですけど、がんばります……」
中川さん、テトンさんの奥さんのケイナさん、ムコウさんの奥さんのユリンさんが話している。いや、凍えそうならがんばらなくてもいいと思ったが、女性同士の会話に入ってはいけないと気を引き締めた。
「ミコも食べるか?」
ヤクの肉のステーキを少し切り、マヨネーズをつけてあげたらキュと鳴いておいしそうに食べてくれた。
あ、今日はまだ水筒の中身確認してなかったな。後で確認しようと思ったのだった。
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本日から連載再開ですー。
次の更新は3/6(水)です。このままずっと週二程度で連載を続けていく予定ですのでよろしくお願いします。
現在書籍化作業中です。続報をまったりお待ちいただけると嬉しいです。
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