123.いろいろ用事を済ませよう

 翌日、午前中に市場に向かうのは変わらない。

 昨日よりも若干香辛料の価格が上がっているように感じた。たった一日だから誤差の範囲だとは思いたいが、このまま以前森の側で香辛料を集めていた人たちが採取をしなくなったら困るだろう。

 塩はあるみたいだからそこまで切実ではないだろうが、まずは貴族たちが騒ぎ始めるかもしれない。貴族たちはどうでもいいが、庶民にまでしわ寄せがくるのはいただけないと思った。


「ここで売ってる肉っていうのは全部家畜の肉なの?」


 中川さんが肉屋で興味深そうに尋ねた。


「獣の肉がほしいなら三軒隣で売ってるよ。固くて食えたもんじゃないがね!」


 アハハと肉屋のおばちゃんが答えた。


「ありがとう。ちょっと聞いてみます」


 言われた通り三軒隣の肉屋に顔を出した。


「ここで獣の肉が売ってるって聞いたんだけど」

「おう! 冒険者が獲ってきたきた肉だぞ。王都の外で暴れてた獣の肉だ。うめえぞ!」

「ふうん。クイドリの肉はある?」

「そんなすげえ肉扱ってるわけねえだろ!」


 即答された。


「クイドリってすごいの?」

「お前さん知らないのか? クイドリが生息してる林は確かに王都の近くにあるが、並の冒険者じゃ一羽も仕留められねえって話だぜ」

「そうなんだ? 教えてくれてありがとー。これおいくら?」

「銀貨一枚だ!」

「それは高すぎますね。私が交渉します」


 目が据わったケイナさんが交渉してくれて、試しに獣の肉を買った。

 俺は野菜市場でいろいろ野菜を買ってみた。調理法を聞くと生か煮て食べるという方法ばかりだった。油はやっぱり貴重なのかもしれない。そのせいかみな肌が乾燥しているように見えた。寒い場所だからもう少し油を取った方がいいのではないかと思う。


「油ってやっぱ貴重なんですかね?」

「家畜から油をとる方法はありますが、恥ずかしながら我が国は全体的に貧しいもので……」


 トウモロコシとか菜種って、栽培は寒い地域とかを髣髴とさせるんだけど違うんだろうか。それともこっちの世界にはない、とかないよな。トウモロコシは食べたもんな。やっぱ品種改良とか必要なんだろうか。

 そういえば椿の実からも油って獲れたなーとか考えたけど、確か潰してどうの、とか思っただけでなんか嫌になった。中川さんが欲しがるまでは考えないことにしよう。

 そんな感じで市場を回り、最後にヤクの毛皮を預けた仕立て屋へ向かった。


「こんにちは、毛皮を預けた者ですが……」


 顔を出すと、職人さんが待っていた。


「おう、遅かったな。待ちくたびれたぞ」


 そう言って出してくれた灰色っぽいストールはとても暖かそうだった。


「おお……」

「わぁ……」

「キレイですねぇ……」


 女性陣の目が輝いているように見えた。テトンさんと一緒に頼んだので、中川さんとケイナさんの分だ。


「中川さん、どうぞ」

「え? いいのっ!?」

「ケイナ、こちらを」

「ええっ!? こんなキレイなものを私にっ!?」


 大判のストールを二人がそっと手に取り、首に巻く。もちろんイタチたちがいるからゆったりとだ。イタチたちがぶるりと震えてストールに頬ずりをした。イタチたちにとっても肌触りがいいらしい。イタチたちもとても気持ちよさそうに見えた。


「すげえものを扱わせてもらって感謝する。お前らにはこれだ」

「え?」


 それは頭からずぼっと被るタイプの輪っかになっているマフラーだった。ネックウォーマーって言えばいいのかな。ゆったりしている作りだからミコにも影響ないだろうと被ってみたら、ミコがマフラーの隙間から顔を出し、ククククッと鳴いた。ご機嫌である。よかったよかった。

 それを見て職人はうんうんと頷いた。


「こんなすげえ素材を持ってくるんだからタダモノじゃあねえと思ってたよ。イイズナ様を従えてるなんてすげえなアンタら」


 俺たちは苦笑した。


「従えてるわけじゃない。イイズナは俺たちの仲間だ」

「そうか。そりゃあすげえな、失礼した。そういや、まだこの毛皮が残ってるんだがどうする? なんか作るのか?」

「何が作れます?」


 中川さんとケイナさんが食いついた。


「あれだけの量がありゃあ帽子でも手袋でもなんでも作れるぞ」

「どれぐらいかかりますか?」

「そうだな。帽子を四つで二、三日だな。それから手袋も作るならまた二、三日かかるが」

「うーん……」


 二人で難しい顔をした。


「このストールをもう一枚と、この人たちのマフラーみたいなのを二つって頼めますか? 取りにくるのにしばらく日数は空きますけど」


 ムコウさん家族の分を作ることにしたようだった。中川さんもケイナさんも優しいなと思う。

 そうだよな、仲間だもんな。


「それだけでいいのか? 日数が空くならもっといろいろ作ることは可能だぞ?」


 職人はわくわくしているように見えた。実際ヤクの毛を扱うのが楽しいのかもしれない。


「山田君。どれだけ渡したの?」

「まぁ、それなり? 三頭分ぐらいかな」

「それならできそうね。じゃあ、ブーツみたいなのも作れます?」

「ああ、足の大きさがわかれば作ってやるよ」


 というわけで型を取ってもらったりした。ムコウさんたちはわからないからとりあえず帽子を頼んだ。ヤクの毛皮は念の為余分に渡した。

 そして、この店の人たちもジャンさんの館に今日招くことにした。

 ヤクの毛皮は絶対に国には渡せないしな。いろいろ準備を整え、テトンさんたちと一旦別れて、俺と中川さんは王都を出たのだった。

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