108.オオカミ、憤る
根拠はなかったが、なんとなく呼べば来てくれるような予感がしたのだ。
「おお……ラン様……」
「ラン様だ……」
「ラン様がいらっしゃったぞ……」
王を筆頭に興奮したような空気が玉座の間を包んだ。
オオカミの主とか、この国ではいったいどういう風に伝わってるんだろうかと疑問に思った。
『やれやれ、もうこんなところにいるとはな。用は済んだのか?』
オオカミが俺と中川さんを見て話しかけてきた。人がいっぱいいるところで見ても大きい。
「本当は城下で買物とかしたかったんだけど、ここの人たち話が通じそうもないんだ」
『どういうことだ?』
オオカミがやっと周りの人々に気づいたというように、その場でぐるりと見回した。遠巻きに見てる人とかも顔が紅潮しててキモい。
「いや……」
どう言ったらいいんだろう。
「オオカミさん、森を兵士に攻めさせているのは神託があったからなんですって。森の奥に勇者が現れたからって」
中川さんが説明をする。
『勇者? ああ、そなたらのことか?』
オオカミが鷹揚に言うと、周りがざわざわとうるさくなった。
「おお! イイズナ様の主が勇者であったか! だが、そなたら、とは……?」
王は耳聡かった。
「きっと私が角なしの勇者だっていうんでしょ? やんなっちゃうわ」
テトンさんたちが俺たちを驚いたように見る。やれやれ、もしかしたらここでテトンさんたちと別れることになるのかな。伯父さんにも会えたんだから今後は伯父さんに頼れるだろう。
『勇者を迎えに行く為に森を攻めさせるとは穏やかではないな』
オオカミは王を見ずに言う。
「ラン様! 勇者は二人降臨したのです! 我が国の勇者だけでなく南の国の勇者もですぞ! ですが我が国は南の国の勇者は不要ですから……」
王の側にいる偉そうな奴が畳みかけるように話し出した。オオカミは目をすがめた。
『誰が貴様のような者に発言を許したか!』
ぶわっ! と風が吹き、偉そうな奴を吹き飛ばした。そのまま壁にぶつかる。
「ギャッ!?」
『南の国の勇者は不要と申すか。……面白い』
「ラン様! そのようなことはございません! どうかお許しをっ……!」
「ラン様、大臣の非礼はお詫びいたします。私共が王に言って聞かせますからどうかお怒りをお抑えください!」
テトンさんとジャンさんがオオカミに願う。
『かつて我が主は言ったはずだ。”森”を侵そうとするなと。その約束を敢えて破ろうとするのならば、ここにいる者たち全てを屠ってもよいのだぞ!!』
「たいへん申し訳ありません! ラン様、どうぞお怒りをお鎮めください!」
『森を攻めている兵士、一人残らず始末してくれようか?』
「ど、どうかそれだけはご容赦を! お、おい! 撤退の命令書をすぐに発布し、森の側で展開している兵士に届けよ!」
文書を作成する者もここで控えていたらしく、泡を食って書類を作成し始めた。
『次はないぞ』
「はい! ラン様の温情、ありがとうございます!」
王が直立して返事をした。やっぱりオオカミは怖いんじゃないか。よくあんな偉そうなこと言えたよなぁ。内心呆れてしまった。
「あ、そうだ。森の側にある家を兵士たちが勝手に使っているので、きちんと元通りに修復してから撤退するよう命令書に書いておいてください」
ついでで頼んでおいた。
「ヤ、ヤマダ様……」
「ただ撤退するだけじゃ困りますよね?」
テトンさんとケイナさんが感動したように俺を見た。いやいや、そんなの当たり前のことじゃないか。
「ええい! それも明記しろ!」
王が忌々しそうに命令した。
「あ、そうだ。オオカミさんと俺たち、あと何日か王都に滞在しますので騒ぎが起きないように周知徹底をお願いしますね」
「それもだ!」
「それから、”森”の攻略もしませんし、南の国を攻めたりもしません。どうせ南の国からも攻めてはこれないんですから、もう少し内政にお金を使って穏やかに暮らしてください」
「…………」
王は腹立たしくてたまらないという目で俺を睨んだが、そんな視線ぐらいではどうともならない。(内心ちょっと怯んだのは内緒だ)
「なら、勇者はこの世界でどうするつもりだ……」
どうって?
「そもそもこの世界の勇者って何をするんですか? 俺の認識だと、弱きを助け、強大な悪に立ち向かって勝つのが勇者なんですが? そこに国攻めは含まれていませんよね?」
うんうんと俺の周りが頷く。
「……勇者は我が国を救う気はないというのか!」
「? 何からどうやって救うんですか?」
「南の国の脅威からだ!」
俺は首を傾げた。
あれー? 南の国って森の向こうだよな? どうやって脅威足りうるんだ?
「何が脅威だっていうんですか?」
「あ奴らのところにも神託があったに違いない! おそらく南の国の勇者を求めて森を攻めてきているだろう!」
「あー……」
そんなこと確かに聞いたな。でもまぁ、そんなに簡単に森を抜けられるはずがない。
「それは私が止めます。”森”が荒らされたりしたらたまらないもの」
中川さんがきっぱりと答えた。
「そ、そういうことなら……」
最後は拍子抜けだった。
周りはずっと何かを言いたさそうだったが、俺たちはジャンさんたちと一緒にオオカミの背に乗って王城を出た。
この国には魔法があるんだからとっとと王都中に周知してくれよな?
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