78.便利さって、一度知ったら手放せないものです

 オオカミが戻ってきた。

 ヘビはオオカミが戻ってくるまでこちらにいてくれるつもりだったらしく、オオカミが戻ってくると『遅いぞ』と悪態をついた。


「南の縄張りはどうでしたか?」

『……だいぶ近くまで人間が来た形跡はあった。おかげで獣が入り込んでおったわ』

「ええええ……」

『全て平らげてきたがな』

「お疲れ様です」


 全部食べたって、どんだけ入り込んでたんだろう。


「そういえば南東にも似たようなところがあるんですよね?」


 思い出して聞いてみた。南東の安全地帯は今どうなっているんだろう。


『南東は、今は狒々じゃな。ついこの間までは誰もおらなんだが、人間の街から逃れてきたと言うておったぞ』

「へえ……今は誰かいるんですね」


 オオカミが見てきてくれたらしい。


『アヤツ、人は好きだが兵士は嫌いだと言っておったな。金属の鎧を着た者がいたら皆殺しにすると息巻いておった』

「……そ、そうなんですね……」


 敏捷性が下がるから金属の鎧を着る予定はないが、あまり南東には近寄らないようにしようと思った。


『そなたらは問題ない。むしろ……その娘のことは気に入るじゃろうしな』

「え? 私?」


 中川さんが驚いて自分を指さした。


『さよう。かつて人間の娘と一緒に暮らしていたと言っていたぞ』

「そ、そうなの?」

『里佳子は我の主じゃ。そんな流れ者には渡さぬぞ』


 ヘビが口を挟んできた。


『状況を聞いてきただけよ』


 オオカミはフン、と鼻で笑った。


「狒々が教えてくれたんですか?」

『我よりは弱い』


 ああ、そういう……。

 なんか納得してしまった。この森の中は弱肉強食の世界だ。情報を得るには俺らみたいに情報料を持参するものもいるだろうが、この森の中では実力が全てなんだろうな。


『人間がだいぶ森の中に入ってきておる。だいたい我らの縄張りの手前で事切れておるが、ここまで来る可能性がないとはいえぬ』

「やっぱりそうなんですね……」

『運がよければ……一人二人程度ならば辿り着くやもしれぬな』

「ここまで辿り着けるとなると……やはりそれなりに脅威になりますか?」


 率直に聞けば、オオカミとヘビは首を振った。


『問題にならぬな。東のもあの獣の肉を食べたのだろう?』

『おお、なかなかに美味であった』

『そなたらもそれなりに食べたであろう』


 あの獣の肉って、多分ヤクのことを言ってるんだろうな。俺たちは頷いた。


『おそらくじゃが、今のそなたらはそのまま森の獣に突っ込んでいっても怪我一つせぬじゃろう』


 オオカミの言葉に、俺と中川さんは目を剥いた。俺らの身体って、どんだけすごいことになってんだよ。

 やヴぁい。ヤクの肉がチートすぎる。

 そう言いながら今日も残りのヤクの肉をみんなで食べた。やっぱりかなりうまい。水筒の中身はタマネギドレッシングだった。笹の葉を軽く湯がいて、ドレッシングをかけて食べた。うますぎる、たまらん。

 ミコがちょっと嫌そうな顔をしていた。タマネギはさすがに無理だもんな。

 あれ? じゃあタルタルソースのピクルスはどうなんだ? おいしそうに食べてたからいいのかな。


『……ほんにそなたらはけったいな物を食うのぅ。それを食べていると若返るようなことをかつて主が言っておったが……』

「えええ!?」


 オオカミの呟きに、中川さんが激しく反応した。


「若返るって、どーゆーこと?」

『うむ……確か主が言うていたのは、疲れにくくなる、肌がみずみずしくなる? 毒耐性がどうのこうのであったかのぅ』

「オオカミさんは食べないんだよね?」

『食べぬな』

「じゃあそんなに覚えてないかー……ケイナさんにまた食べてもらえばいいのかなー」


 中川さんはがっかりしたように肩を落とした。そして俺を見る。


「うん、いっぱい持っていこう」


 袋に詰めて俺のリュックに入れていけば、足りなくなることもない。ついでにタケノコも掘っていこうという話になったので、出発は明日にすることにした。朝タケノコを掘れるだけ掘って俺のリュックにINだ。


「オオカミさん、例えばなんだけどさ……人がここに辿り着くとしたらどれぐらいかかると思う?」

『ふむ……順調に来られたとしても獣を全て避けてくるのは難しいじゃろう。そうなると早くて二か月というところか』

「二か月も……」


 中川さんは息を呑んだ。

 前にヘビと話した時は、森の際からここまで来るのに十日から半月ぐらいかなと思ったのだが。でもあの時点で俺たちの身体能力は上がっていたみたいだから参考にはならないか。


「オオカミさん、その二か月の根拠は?」

『小さい獣は森と大地の境に集中しておる。我の縄張りの周りは大型の獣がうろうろしておったぞ。小さい獣をいくら食っても大型の獣は倒せぬが、もし運よく一頭でも食らうことができれば我の縄張りに辿り着けるじゃろうて』


 ってことは小型の獣と俺らが普段狩ってる獣の間には越えられない壁があるんじゃないか?

 でも竹がそれなりに生えているエリアを渡ってこられれば……。


「……ああ……そうだ! 竹ってこの森の中だとどれぐらいの範囲で生えてるんだ?」

『我らの縄張りの周りには多少生えてはおるがのぅ……これほど広範囲には広がっておらぬし、後は山の上の方でしか見たことはないぞ』

「マジか……」

「それってー……ここに辿り着けること自体が奇跡なんじゃないの?」


 中川さんがポツリと呟いた。確かにそうかもしれないと思ったが、埋葬した骨の件もある。あれを見れば、ここに来られる人間が0でないことは確かだった。


『そなたらであれば南に向かうのに七日はかかるまいて』

「明日からまたよろしくお願いします」


 俺たちはオオカミに頭を下げた。森の中の移動に七日もかかるとか、冗談ではなかった。




ーーーーー

オオカミの言っている期間はざっくりです。二か月とか言ってますが、一月かもしれません。七日とかいってますが、四日かもしれません。能力の上りっぷりがすごいです。

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