村よさらば
65.夜目がきくって便利だよね
徒歩とはいえ夜目がきくというのはハンパなことではないようで、テトンさんとムコウさんもけっこうなスピードで山を登った。
追手が来るのではないかという恐怖もそこにはあったと思う。マップを確認する限りは村人たちが動いてる様子はなかったが、このマップ上に載らない存在もいるのかもしれない。オオカミも最大限の警戒をしながら山を登ってくれているようだった。
みな無言だった。子どももまた空気を読んでか、何も言わなかった。
オオカミが先導する形で、月の出ていない暗い山の中をテトンさんたちは登った。麓の村でもそれなりに標高はあったのではないかと思う。でもなかなかドラゴンのいる場所には着かなかった。
追手はいない。子どもはいつのまにか寝てしまった。オオカミの背で眠れるなんて大物だなと思った。ミコは俺の上着の胸ポケットの中だ。ミコが出てこないということは警戒する必要はないのだろうと途中で気づいた。気を張りすぎて空回りしていたようだった。情けない。
そうして、体感では二時間以上が過ぎただろうか。
オオカミが立ち止まった。
『着いたぞ』
「おお……これは……」
「本当に、塩だ……」
テトンさんたちには塩の結晶が見えたらしい。ということはドラゴンの縄張りに着いたようだった。
『……貴様ら……こんな夜中に、なんのつもりだ……』
唸るような低い音が響いた。ドラゴンは俺たちが来る気配に気づいて洞窟から出てきたらしい。
「ひっ……!?」
テトンさんたちが怯える。
「こんばんは、夜分遅くにすみません。一晩ここに泊めてくれませんか?」
一番前でオオカミにまたがっていた中川さんが口を開いた。
『……そこの者たちはなんだ?』
「元々は森の側に住んでいた、私たちの協力者です。兵士に家から追い出されて麓の村に身を寄せていましたが、ひどい扱いを受けていたので一緒に連れてきました」
中川さんがよどみなく答える。
『……ひどい扱いとはなんじゃ?』
「私たちが村全体にと渡した肉を分けないだけでなく、私たちが世話になったからと彼らに渡した肉を村の人たちが奪いました」
ケイナさんがうんうんと頷いているのがわかった。
戸惑ったような空気が伝わってきた。
『それのどこがひどい扱いなのかはわからぬが……そなたたちの協力者だというのならば歓迎しよう』
「あー……ドラゴンさんは弱肉強食の最高峰でしたもんね。ドラゴンさんに訴えた私がバカでした……」
中川さんは嘆息した。別に共感してほしかったわけではない。ドラゴンは単独で行動するものだから、群れる生き物の気持ちはわからないのだろう。
「彼らも洞窟の中で休むことは可能ですか?」
『かまわぬ。じゃが、寒いのではないか? そのような恰好で大丈夫なのか?』
確かに俺たちはともかくテトンさんたちは寒いかもしれない。それに気づいたドラゴンはやっぱり気遣いが半端ないと思う。
「あ、あの……草で編んだ布団のようなものは持ってきました」
ケイナさんが勇気を振り絞ってドラゴンに告げた。そういえば村で皆さん何やら作ってたな。あれか。
『寒くなければいいじゃろう。案内しよう、付いてこい』
ドラゴンはそう言って踵を返したようだった。
本気で見えないのはけっこうつらいものだ。オオカミの背に乗ったままドラゴンの後に続く。テトンさんとムコウさんが「お世話になります」と挨拶をしていた。
『ふむ……なかなか見どころのある者たちだ。まぁ、そうじゃな……塩を勝手に奪わなければ何日かいてもかまわぬぞ』
ドラゴンは取り繕っているつもりだったようだが、その声はしっかり弾んでいた。気に入ってくれたのならいい。
「塩を奪うなどとんでもないことです!」
テトンさんが叫ぶように言った。その声は意外と大きく響く。
「あっ……」
声を上げた本人も戸惑ったようだった。
『……まぁよい』
響いたことは響いたがさすがに麓までは届かないだろう。子どもはこの騒ぎを物ともせず、しっかり眠っている。うん、やっぱり大物だと再確認した。
またあの洞窟の中に入った。キイキイバタバタと時折鳴き声や音がしたが、すぐに聞こえなくなった。ドラゴンやオオカミが一緒だからだろうと思われた。
『横穴には入るでないぞ。コウモリやネズミの巣じゃからのぅ』
「……はい」
テトンさんが震える声で返事をした。
そうしてやっと、ドラゴンの寝床に着いた。やっぱりひんやりしている。どちらかといえば寒かった。
「俺たちは夜目がきかないので、火を熾してもいいですか?」
『好きにするがいい』
お言葉に甘えて、魔法で火を出すことにした。そこでふと、魔法とはイメージが物をいうのではないかと思った。もしもここが暖かくなるようなイメージで火を出したら、凍えなくても済むのではないかと。
「ドラゴンさんは、ゴートの肉っていります? 今日獲ってきたんですけど」
『もらっておこうか』
オオカミに許可はとってあるので、オオカミが狩った分の肉を渡した。
『このような手土産があるなら我は大満足じゃ。いくらでもいるがいい』
「ありがとうございます」
火を出し、皆で車座に火を囲む。うん、前回ドラゴンさんが出してくれた火より暖かく感じられた。ま、気のせいかもしれないんだけどさ。
そうしてやっと俺たちは寝ることができたのだった。
ホント、濃い一日だったなー。
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