64.だからまた山に登る

 ドラゴンのところへ連れていく前に、オオカミも交えていろいろ確認した。

 ドラゴンの意思は確認していなかったが、俺たちが一緒に向かえば無下に扱われることはないはずだった。俺は忘れていたが、ドラゴンが住んでいるところは雲の上である。ということはドラゴンが住んでいる場所は少なくとも標高2000mぐらいはありそうだった。俺たちはドラゴンのところに一晩いてもなんともなかったが、普通の人がドラゴンのところで過ごすとなったら何か異常が起きないかということに中川さんが気づいたのだ。


『我にはわからぬが……』


 オオカミにわかるはずがありませんでした。


「そういえば……ドラゴンが出るようになる前はそちらまで塩を採取しに行っていたとは聞いています。ですが息苦しくなりますし、頭痛もするということで毎回あまり取ってはこられなかったと……」


 テトンさんが思い出したように言った。

 それって多分、高山病の症状だよな。

 中川さんと顔を見合わせて頷く。俺たちにはそんな症状はなかった。ヤクを狩った場所では後半息苦しいような気はしたがそれぐらいである。ということは食べた物によって、高山病にもならない可能性が高い。それにはヤクの肉を食べさせた方がいいと中川さんと確認した。

 そんなわけで夕飯にはヤクの肉を焼いた。焼く時の匂いなどはゴートとさほど変わらないが、おいしさは桁違いである。だけどテトンさんたちが自分たちでヤクを狩りに行けるかというとそういうわけではないので、あくまで高山病対策として食べてもらうことにした。

 焼くのは俺が担うことにして、女性陣は山の幸を取りにいくことにした。もちろん中川さんも一緒だ。山の幸ってなんだろうな。きのことかかな。俺、きのこの見分けとかは全然できないけど。

 この山には一年中食べられる草などが自生しているらしい。粟や稗などもあまり獲れない年はそれで命を繋ぐのだそうだ。


「ワラビみたいな葉っぱなんだけど、これが一年中生えるんですって。不思議よね?」


 中川さんが首を傾げながら戻ってきた。世界が違うからそういうのはもうどうしようもないかもしれない。

 ワラビ、と聞くとあく抜きがたいへんかなと思ったのだがそんなことはないらしい。そのままでも食べられるし、スープに入れてもおいしいのだと教えてもらった。こっちの世界の食べられる植物は教えてもらわないとだめなようである。


「ササもあるけど、どうする?」

「じゃあ一緒にスープにしちゃいましょうか」


 そういえばまだ調味料の確認をしていなかった。水筒を出したら中川さんが目の前にきた。それまで俺の首でぬくぬくしていたミコも頭を上げる。俺は苦笑した。


「今日はなんだろうな?」


 なんつーか濃い一日だったなと思った。

 出してみると黒っぽい液体だった。また醤油だろうかと思ったけど、なんか匂いが違う。


「これ! めんつゆじゃない!?」


 中川さんが目を輝かせた。ミコも一口ぐらいなら口に合ったようだった。オオカミはぶべーというような顔をした。まぁしょっぱいよな。


「小麦粉ってこっちの世界にはないのかなー? うどんとか、食べたいよねぇ」


 お互い味見をしてみたら確かにめんつゆだったので、スープに少し入れて味の調整をした。肉もそうだったが、スープの味にもみな目を見開いた。


「こ、こんなおいしいものがこの世にあったとは……」


 テトンさんやケイナさんは涙を流しそうな勢いだった。そういえばこちらに来てからめんつゆが出たのは初かもしれない。なんだかとても優しい味がするスープだった。めんつゆをスープに入れたせいかとてもいい匂いが辺りに漂っていったようで、村の人たちが家の中から顔を覗かせてこちらを見ていた。

 中川さんもそれには気付いていたようだったが、全然気にしない様子でケイナさんたちと話していた。だから俺も気にしないことにした。


「この肉はなんの肉なのですか? こんなおいしい肉は森の獣でもいないような……」


 テトンさんと同じく森の側に住んでいたというムコウさんが小声で聞いてきた。確かに森で獲れるイノシシもどきやシカもどきもそれなりにおいしかったがヤクの肉にはかなわない。ああでも、アナグマっぽいのはまた違ったうまさだった気がする。って、そうじゃなくて。


「それは移動してからお知らせしますよ」

「わかりました。ありがとうございます。こんなによくしていただいて……」


 ムコウさんもまた涙ぐんだ。


「いえ、移動は徒歩になりますからしっかり食べていただかなくてはなりません。お子さんはこちらで連れていきますが……」

「いやいや、こんなにうまいものを食べたのは初めてです。それにこんなにたくさんいただけるなんて、夢のようです。いくらでも歩きますよ」


 ムコウさんは笑って言った。

 こちらの世界の肉というのは初めて食べる人でもおなかを壊したりしないようだ。それは食べることによって身体能力が上がる為、問題がないようだった。なんつーか力技だなと思った。

 村の人々の視線を釘付けにしつつ、俺たちは片付けをして寝る準備を始めた。村人たちは落胆したように家の中へ戻っていった。


「なーんかさ、私たちって舐められてるよね?」


 中川さんが苦笑した。


「若いからかもな」

「それもあるだろうけど、肉を提供したからかもしれないね。物欲しそうにすればくれるって思われたのかもしれないけど……なんか、悲しくなっちゃった」

「それだけ食べる物に困ってるんだって思おうよ」

「そうね。私も……なんだかんだいって恵まれてたのよね」


 蛇とは一度話し合う必要がある。中川さんを保護してくれたのはいいが、かなり放っておかれたという話は忘れてないし。


「恵まれっぷりなら負けないよ」


 ふふん、と不敵な笑みを浮かべたら背中をばんばん叩かれた。かなり痛かった。


「いててて」

「そうね、言われてみればそうだけど……その調味料は反則だわ!」


 ビシッ! と指を刺された。まぁ俺もそう思う。

 やがて村の灯りが消え、真っ暗になった。村の入口には誰かいるのかもしれなかったが、世界は闇に包まれた。でも洞窟の中とは違い、しばらく外に出ていると空が紺色だということがわかった。そして星がいくつか輝いてるのが見える。マップを確認する。村の中に動きは全くなさそうだった。

 俺たちは女性たちと子どもをオオカミに乗せ、俺と中川さんで挟む形にした。夜目がきくというテトンさんとムコウさんは徒歩だ。

 そうして俺たちは夜の闇に紛れて山を登った。

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