63.取引はお互いが損をしないようにするのが基本である

 村の入口には、くだんの青年がいた。門番として責任を持って立っているなんてえらいじゃないか。


「お、下りろ……」


 青年は震えながら言う。


「ゴートを運んできたんだが、いらないのか?」

「そ、そうか……通れ……」


 さすがに肉には勝てなかったらしい。青年はがっくりと首を垂れた。


『愚かだな』

「ええ。でも、人間ってそういうものなんですよ」


 明らかに実力が違う者同士でのやりとりなんて本来は一蹴して終りだろう。オオカミたちの世界では殺されてしまうかもしれない。殺されるぐらいならとっとと逃げた方がいいと俺は思うんだけどな。そこらへんからして考え方が違うのかもしれないとは思った。


「あ、おかえり~。どうだった~?」


 中川さんが気づいて手を振ってくれた。それに振り返し、オオカミの背から下りた。紐で両脇から吊るすようにしてゴートを都合四頭持って帰ってきた。え? 計算が合わないんじゃないかって? こっちに戻って来る途中でもう一頭倒したんだよ。

 ゴートは単独行動もよくするらしく、うまくそれに当たれば狩るのはそれほどたいへんでもない。兵士たちについては、大事をとるあまり過剰に攻撃してしまったのだろう。突進されて角で身体のどっかを抉られたら多分死ぬしな。

 二頭はオオカミが倒したからオオカミの分だけど、あんまりうまくないと文句を言っていたからドラゴンにあげてもいいのかもしれない。それよりヤクの肉をよこせというので一包み出した。


「どうにかなったよ。詳細は後で話す。俺たちの取り分はこの二頭だけど……どうする?」


 中川さんにお伺いを立てた。俺と中川さんのどちらかが獲ったものは一応共有の物とすることにしている。


「そうね……」


 中川さんが下ろした分のゴートを確認する。


「村にはどうするの?」

「俺は半分でいいと思ってるけど、中川さんは?」

「優しいのね。まぁ、いいんじゃないかしら。ねえ、村で一頭解体してくれるなら半分は差し上げますけど、どうします?」


 内臓は渡さない。それはミコのものだからだ。


「は、半分だと!?」


 村長の側にいた男が憤った。自分たちで倒したわけでもないのになんであんなにえらそうなんだろうな。


「カンマ、やめろ! わかった。半分でもいただければありがたい。おい、急いで解体の準備をしろ!」

「それから、解体場所は私たちにも使わせてもらえますよね? 肉を提供するんですから」

「もちろんかまわん。ところでその……塩なのだが……」


 村長がこちらを窺うような声を出した。


「麻袋一つでは割に合いませんよ」

「一つ半でどうだ!」


 最初から一つ半って言ってたらそれで手を打ったんだけどなぁ。

 中川さんは首を振った。


「話になりませんね」

「だ、だがうちの村ではそれが精いっぱいで……」

「そんなことは知りませんよ。今回ただで肉を半分も差し上げるんです。これでだめならなかったことにしてください」

「……ふ、二袋なら、どうだ?」

「中身を確認させてくださいね? へんな混ぜ物をしたらもう二度と取引はしませんよ?」

「わ、わかった。粟の入った麻袋を持ってこい! 倉庫から二袋だ!」

「し、しかしあれは……」


 周りの男たちが騒ぐ。


「肉までもらったのだ。先日もゴートを一頭もらった。お前たちも食べただろう?」

「……はい」


 男たちはしぶしぶ動き出した。この村は確かに貧しいのだろうが、取引でより多くせしめようとかそういうところが透けて見えるのがいただけない。それは俺たちが本当の意味で貧しい暮らしをしていないから言えることなのかもしれないが……そこをどうにかしないと発展しないのではないかと思った。

 ますますテトンさんたちをここに置いておくことはできなくなった。


「解体は私たちがやりますよ」


 テトンさんたちが申し出てくれて、オオカミの分の肉も全て解体してくれた。内臓はオオカミとミコががつがつと食べ、それを見た村人たちが青ざめていたりした。

 村には約束通り半分。残りの半分と一頭分、そしてオオカミの分の二頭分の肉をリュックにしまったら残念そうな顔をされた。

 少しだけ気になってオオカミに尋ねた。


「なぁ、オオカミさん」

『なんじゃ?』

「コートの肉だとそんなに能力は上がらないのか?」

『微々たるものじゃろうな。成長期であればわかりやすいであろうが、それ以外では気のせい程度じゃろう。能力が低い者にとってはそれでも助かるかもしれぬ』

「そっか」


 ゴートを狩って食べていてもやっぱりあまり能力は上がらないようだった。残念。

 解体後粟が入っているという麻袋と塩の塊を交換した。麻袋の中身は中川さんとケイナさんがしっかり確認してくれた。


「品質は悪くないわ」

「ありがとう」


 それなりのものと交換してもらえたということがわかったので、俺は交換した塩の半分ぐらいの塊を追加で村長に渡した。こちらは不純物が多そうではあった。村長は戸惑うような顔をした。


「さすがにこれ以上渡せるものは……」

「それは差し上げますよ」

「……ありがとうございます。心から感謝します」


 今夜は村に泊まっていくことにした。とは言っても夜のうちに俺たちは消える予定だ。

 テトンさんたちのような森の側に居を構えていた者たちは、角がすぐ目に見える場所にない代わりに非常に夜目がきくらしいということを聞いたのだ。角はあるのだが耳の後ろに少し尖りがあるだけらしい。一応それも見せてはもらった。

 子どもも含めてみな夜目がきくそうなので、夜の闇に紛れてドラゴンさんのところへ連れて行くことにした。


「でも、アポはとってないのよね?」

「さっき行ってくればよかったな」


 中川さんが嘆息した。


「しょうがないわね。少なくとも一晩は泊めてもらえるように交渉しましょう」

「面目ない」


 俺は中川さんに深々と頭を下げたのだった。

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