45.理由はわかるがそれはちょっといただけない
村からはそれほど離れてはいなかったようだ。
それでもテトンはバテているように見えた。俺たちの速度は人とは違うのだとやっと認識し、ちょっと反省した。
戻る途中で赤い点を見つけたので中川さんに伝え、醤油鉄砲で普通に倒してもらった。やっぱ醤油鉄砲は万能だよな。見た目がホントにイケてないけど。
テトンが俺たちが使っている醤油鉄砲を見て何か言いたそうにしていたが、特に何も言わなかった。もう少し肉を分けてやろうと思った。そんなわけで都合五頭倒して村に戻った。
「そ、そんなっ! ゴートを倒すなんてっ!」
まだ村の手前にいた先ほどの男が叫んだ。もしかしたら見張りでもしているんだろうか。それにしてはひょろっとしてるけど。
「これらはランさまとこちらのヤマダ様、ナカガワ様が倒してくださったのだ。道を開けよ。村長宅へ行く」
テトンは汗びっしょりでぜえはあいいながらもそう男に告げた。男は呆然としたように道を開けたので、俺たちはそのまままた村長の家に向かった。
ところでこの獣はどこで解体すればいいのだろうか。
「村長、戻ったぞ。ゴートを五頭狩っていただいた。解体場所へ案内する」
テトンは村長の家の扉を叩いてそう言った。
ゴートを五頭ってダジャレかな。いや、偶然なんだろうけど。
「なんだとぉっ!」
村長が泡を食ったかのように転がり出てきた。扉、壊れなくてよかったな。
「ええと、二頭はオオカミさんが狩ったのでオオカミさんのですけど。一頭は差し上げますよ」
そう言うと村長は目を剥いた。
「な、なななんて太っ腹な!」
中川さんは嫌そうに視線を下げた。いや、中川さんは全く太ってないぞ? むしろ痩せていると思う。痩せすぎとまではいかないけどもう少し肉がついててもいいと思う。セクハラになりそうだから言わないけどな!
解体場所に案内してもらった。
『そなたら、我のも切れ』
オオカミに言われたので急いでオオカミが狩った方もバラした。テトンと村長の奥さんが村の女性たちを連れて来て手伝ってくれた。やっぱり人手があると早めに終るな。二頭分の肉は新聞紙にくるんでリュックにしまった。このゴートという獣、見た目は森のシカもどきよりも小さいがなかなかに肉が多かった。二頭分もあれば数日は食べられそうである。さっそくオオカミとミコがべろんと取った内臓をがつがつ食べていた。内臓が一番栄養があるところらしいしなー。俺がせいぜい食べられるのは下処理をされたレバーぐらいのものだ。
一頭丸々村に進呈したら拝まれた。本当にこのゴートというヤギっぽい獣はなかなか捕まえられないのだそうだ。
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
「頭を上げてください。すいません、おなかすいたんで……」
「あら! 申し訳ありません!」
村長の奥さんが慌ててごはんを用意してくれた。
「…………」
なんだろうこれ。お椀みたいな器の中に鳥の餌っぽい黄色いつぶつぶがいっぱい浮かんでるけど。
今まで見たことがない食べ物だった。
「わぁ……粟粥ね。どこに畑があるのかしら」
中川さんは知っているようだった。
「この辺りは土地があまりよくなくて、これぐらいしか採れないんです。あとはこちらをどうぞ」
大豆っぽい豆を煮たのが出てきた。
「ありがとうございます」
「肉をいただけて村の者たちもみな感謝しております。どうか今夜は泊っていってください。もしよろしければ何日滞在していただいてもかまいません」
最初と比べるとすごい手のひらの返しっぷりだ。得体が知れないのは間違いないからそれはしかたない。村の人たちの額にはみな大なり小なり角が生えていた。でもテトンは違ったな。見えないところに亜人? の特徴があるのだろうか。
中川さんが粟粥と言った物を、スプーンで掬って食べてみた。
……味が全くない。
俺は中川さんを見た。中川さんは軽く頷いた。
「すいません、塩かなにかありませんか? さすがに味がないのは……」
中川さんがそう言うと、村長は申し訳なさそうに肩を竦めた。
「も、申し訳ありません……塩が採れる場所には……その、ドラゴンがおりまして……なかなか……」
「ドラゴン!?」
中川さんと叫んでしまった。
ドラゴンってなんだ。どこまでこの世界はファンタジーなんだよー!
「さすがにドラゴンを倒せたりは……しませんよなぁ?」
おい村長、こっちをちらちら見るのはやめろ。そのドラゴンとやらを見てみないとわからないし、しかもドラゴンとか言われたらどう考えたって即死フラグだ。ラノベなんかだと最近カマセ扱いされたりもするドラゴンだが、そんなはずはない。ドラゴンだぞドラゴン。最強種だ。絶対にかなうわけないだろーが。
「見たこともありません。でもドラゴンじゃしょうがないですね」
中川さんが見事に流してくれた。中川さんが手を出したので塩が入った竹筒を渡す。中川さんは少しだけ手の平に出すと、それを粟粥に入れた。俺も中川さんと同じように塩を入れる。うん、塩があるとないでは違うな。
「あのぅ、それは……」
村長がおそるおそる聞いてきた。俺は無言で竹筒をリュックにしまった。
塩が貴重なのはわかるが、仮にもこの辺りの害獣を狩った者に対して一欠けらも提供しないというのはいただけない。まぁそれぐらい塩は貴重なものなのかもしれないけど。
大豆かなと思ったのはそのまんま大豆だった。でもそんなにおいしくはなかった。やはり元の世界の物のようにはいかないのだろう。こっちも味なしだったからかもしれない。
「ごちそうさまでした」
手を合わせて席を立った。
「あの、どちらへ……」
「聞きたいことも聞きましたのでこれでお暇します」
「そ、そんな……」
村長と奥さんは絶句した。
俺たちが村長の家を出ると、オオカミさんとテトンがいた。
「テトンは飯は食べたのか?」
「いえ、私は一日二食ですから」
「それで足りるの?」
テトンは苦笑した。
「足りなくても仕方ありません。今はこの村以外に住むところがありませんし」
「そっか。でも運んでくれて助かったよ」
テトンが嬉しそうに笑った。中川さんに袖を引かれた。中川さんはテトンに同情的なのだろう。でも森の側から追い出された人はテトンだけではないと思う。
どちらにせよ話し合いは必要だ。でもそれは今すぐじゃない。
紙に塩を少し包んだものをテトンに渡した。付き合ってくれた礼のようなものだ。肉はすでに渡してある。
「もしかしたらしばらくこの辺りにいるかもしれないから、また機会があったら会おう」
そう言って俺たちはとりあえずオオカミに乗り、また森の側の林に戻ったのだった。
ーーーーー
塩は貴重品です。客人に出せるほどはありませんでした。
主人公が思っている以上にこの村は貧しいのです。
また明日~
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