38.北へ向かってみた
翌朝、いつも通り水汲みに行き、朝食を食べてからオオカミに乗せていってもらうことになった。
ヘビは縄張りを見てくるらしい。俺もイタチたちが心配だったので内心ほっとした。ミコだけじゃなくて、他のイタチたちも最近は特に家族だって思えてきているから。
「そういえば、オオカミさんは縄張りを空けていて大丈夫なんですか?」
中川さんが聞いた。それは俺も思った。
『我の縄張りには何もないからのぉ。例え他の者が来たとしても蹴散らしてやればいい』
「何もないって……」
『水場もなければ木も生えておるわけでもない。ただの寝場所にすぎぬ』
「……主がいた時はどうしてたんですか?」
『南東におったな。あの頃はちょうど縄張りを持つ者がおらなんだ』
「南東には水場があるんですか」
『ある』
そこまで話してから、『行くぞ』とオオカミが唸るように言った。質問が多すぎたかもしれない。悪いことをしたなと思った。
中川さんと俺はリュックをしょってオオカミの毛に掴まった。ミコはいつも通り俺の上着の内ポケットの中に納まっている。
北に向かうのにどれぐらい時間がかかるのかということは、昨日のうちに聞いていた。オオカミが昼から駆けて日が沈んだら休んで、日が上ったら駆けて昼になるぐらいには着くという話だった。つまりどこかで一泊することになるらしい。確かにヘビよりもスピードがはるかに速い。ヘビに聞いた話を思い出すとものすごいスピードだが、何故かオオカミが走っている間も息が苦しいというほどではない。なんらかの魔法の効果的なものがあるのだろうかと思った。
とにかく、俺のリュックの中には大概の食料は入っているから一泊ぐらいなら問題はない。ミコも休憩地点に着けば適当に飯を探すだろうし。あ、もちろんサバ缶は出すよ。
オオカミは途中竹林で何度か休んだ他はずっと駆けてくれ、日が沈む頃には北の誰かの縄張りに到着した。
『北の!』
『……なんじゃあ~……南のか。それは我への貢物かえ?』
誰かの縄張りは半分ぐらいが水場だった。オオカミがアオーンと声を発したところで出てきたのは、とんでもなく大きいワニだった。目がギョロギョロしていてとても怖い。俺でもぱくりと一口で食えそうである。
『そなたに貢物など持ってくるわけがなかろう』
オオカミは冷たい音で応じた。ミコが俺の内ポケットから出て、するりと俺の首に巻き付いた。そしてキイイイイッッ! とワニを威嚇した。中川さんは無意識に俺の後ろに動いた。
『……なんじゃ、イイズナのか。もう一匹は?』
『ヘビのだ』
『それならば仕方ないのぅ。して、なんの用じゃ』
ワニは残念そうに嘆息した。どうやら誰かの主を食ったりはしないらしい。ほっとした。中川さんも俺の背後でため息をついたようだった。
『一晩休ませよ』
『かまわぬが……何故に別の者の主を連れておるのじゃ。ここのところの騒がしさとなんぞ関係でもあるのかのぅ』
騒がしいのか。聞いてみたかったが、今さっきまで俺たちを餌だと思っていた相手に声をかけていいものかどうか判別がつかなかった。
『ここまで騒がしいのか』
『うむ。死にかけの人間がそこらじゅうにごろごろおったわ。ほとんどが獣に食われたが……』
『この辺りまで来ることができたのか』
『そのようじゃ』
『ふむ……北の人間たちも少しは成長しているとみえる』
よくわからない会話だった。俺たちは蒼褪めた。
この辺りまで人間たちは入ってくることはできたが全滅したらしい。ごろごろということはかなりの数で入ってきたのだろう。
『何故死ぬとわかっていて入ってくるのやら。餌が増えるのはいいことじゃがのぅ』
ワニがグッグッと声を上げて笑った。確かにそうだよな、と思った。
この森に入ってきたら命がないことはみな知っているはずだ。特に北にはかつて召喚された少女が王に嫁いだはずだ。それなのに何故。
でももしも国を上げて森を攻略しようとしているのならば、兵士は逆らえないか。ひどい話だと思った。
『騒がしいのはいつからだ?』
『さぁ……そんなに前ではないのぅ。つい……最近じゃ』
『そうか』
コイツらの時間感覚はあまり当てにならないので気にしないことにした。オオカミが紹介してくれるまではミコを撫でてじっとしていることにする。後ろから、
「ミコちゃん、触らせてもらっていい?」
小声で中川さんが聞いた。ミコはキュウと鳴いて許可した。後ろからさわさわと触れられているかんじで少しくすぐったいが、俺は耐えた。中川さんもきっと不安に違いなかった。
ワニとオオカミはまったりと会話をしてから、ワニはまた池の中へ戻っていった。
『そなたら、何をぼーっと突っ立っている。人間は弱いのだろう。すぐに飯を食うか寝るがよい』
そして何故かオオカミに叱られた。一応会話が終るまで待ってたんだけどな。ワニに挨拶もした方がいいかなと思ったし。
「ワニに挨拶はしなくていいのか?」
『挨拶など必要ない。我と共におるのだ。アヤツにも手出しはさせぬ』
「そっか。じゃあなんか食べるか」
やっぱり感覚がわからないから困る。もう暗いのでとっとと寝ようと思ったが、オオカミとミコにポテチを所望されたのであげて、俺と中川さんはカロリーメイトをかじり、水を飲んで寝た。ビニールシートを原っぱに敷いて、中川さんはいつもの寝袋に。俺はビニールシートの上にダンボールを敷き、もう一枚上着をかけて寝ることにした。一応飯を食っている間に寝るビニールシートを敷く予定の場所は燻したので虫対策もどうにかなったと思う。ミコは相変わらず俺にくっついて寝てくれた。
ミコは癒しだよなぁとしみじみ思った。
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