32.ヘビの知り合いの為にエサを捕る

 オオカミの背に捕まりながらマップを見る余裕なんてなかった。

 毛を握っているのが精いっぱいで、どこをどう進んでいるのかもさっぱりわからなかった。


『着いたぞ。近くにいる』


 オオカミは親切にも竹林の中で俺たちを下ろしてくれた。いきなり魔獣の前に落とされなくてよかったと思った。ヘビとか平気でそういうことやりそうだし。オオカミは以前主がいたと言っていたからそこで人間の脆弱さを学んだのだろうか。

 やっとマップを確認した。

 マップの左上に赤い点が見えた。どうやって獲物を見つけているのかはわからないが、竹林から出ればすぐに襲ってくるだろう。


「中川さん、あっちの方角に多分いる」

「ここを出ればいいかしら。他には?」

「今のところはあっちからだけだと思うよ」

「了解」


 竹林を出る前に準備を整え、竹林を出たところで構えた。最悪すぐ竹林に逃げ込めるように、である。

 マップの赤い点も俺たちに気づいたのか、ドドドドドドッ! と地響きを立てて迫ってきた。それと同時にマップの右下にも赤い点が見えた。これは、二体同時か?


『ふむ……姿勢はよし。どれ、手伝ってやろう。獲物が来る方向に射よ!』

「えっ!?」


 まだ赤い点はこちらに姿を見せたばかりだ。だが中川さんはオオカミの言うことを聞いて矢を射った。その矢は魔獣の手前で落ちるかと思われたが、何故かそのままぐんぐん飛び、魔獣の額に深く突き刺さった。


「ピギィイイイイイイイイッッ!」


 断末魔の叫びに呆然とする。だが俺ももう一体のことを忘れてはいなかった。赤い点が動く方向に身体を向け、醤油鉄砲を構えた。


『それは飛ぶものなのか?』

「引き寄せられれば飛びますね。醤油が」

『けったいな武器よのぅ。どれ、それも手伝ってやろう』


 やっぱり中川さんの矢の飛距離が伸びたのは、オオカミがなんらかの干渉をしてくれたからだったらしい。

 ドドドドドドドッッ!!


「山田君っ!」


 中川さんが焦ったように叫ぶ。


「大丈夫っ!」

『今じゃ、射よっ!』

「はいっ!」


 醤油鉄砲の原理は知らないだろうが、俺はオオカミの言葉に従って思いっきり押した。

 ビューッ! と押し出された醤油が宙を飛ぶ。


「えええええ」


 普段ならせいぜい飛んでも4m程度なのに、その醤油は倍どころではない距離を飛び、


「ピィイイイイイイイイイイッッ!」


 甲高い断末魔の悲鳴を上げ、ダカッダカッダカッと魔獣が走ってきたが俺の手前で泡を噴いて倒れた。シカもどきはやっぱ死んでもそのまま走るな。


『ふむ……なかなかに素晴らしい。これは教え甲斐もあるというものじゃ』


 オオカミは満足そうに言う。俺たちは呆然として、お互いの顔を見合わせた。その後はオオカミに手伝ってもらい、どうにかイノシシもどきとシカもどきを竹林に運んだ。疲れたけど、俺も中川さんも着実に力がついている気がした。


『二頭はさすがに必要ないのぅ。一頭は持って帰るか。我に括り付けるがよいぞ』

「はーい……」


 まさか運んでいくことになるとは思っていなかったので特に道具を持ってきてはいなかった。でも虫の知らせかリュックはしょってきていたので縄を出した。魔獣をオオカミの背に乗せるのは重労働だった。でもどうにか乗せて紐で括り、外れないことを確認してから運んでもらった。

 俺たちはしばしここで留守番である。


「……すごかったね……」

「うん……」


 俺はじっと自分の手を見た。明らかにおかしいと思う。ここに来てそろそろ三か月だが、膂力は間違いなく上がっている。そうでなければ中川さんと二人であんな大きな魔獣を持ち上げられるはずがないのだ。


「中川さん……俺の気のせいならいいんだけど……俺さ、怪力になってない?」


 中川さんも同様だとは思うが、さすがに彼女が怪力になっているとは言えないので俺自身のことを聞いてみた。


「確かに……ここに来てから明らかに持てる量とか異常なぐらい増えてる気がするわ。なんか、不自然なぐらい力が強くなってる気がするの。それは山田君だけじゃないと思うわ」

「そう、だよね。あのオオカミさんに聞けばわかるかな」

「そうね。聞きたいことがまた増えちゃったわね」


 しかし、先にオオカミがイノシシもどきを運んで行ったのはいいが、あの紐どうやって外すんだろう。イタチが噛み切ってくれるかな。そんなことを考えている間に無事オオカミが戻ってきた。いつのまにか雨は止んだようだった。


『そなたたち、解体もできるのか?』

「え? ええ」

「はい、します」

『なればそこな獣も運ぶぞ』


 このオオカミもどうやら解体した肉の方が好きなようだ。中川さんとせーので持ち上げて、ありえないということを再認識した。これ、絶対見た目500kg以上ありそうだし。そんなの二人で持ち上げるとか正気の沙汰じゃない。しかも思ったより疲れてないし。


「ありえねー……」

「そうねー……」


 オオカミが戻ってくるまで呆然としていた。そんな俺の様子が不可解だったのか、ミコが内ポケットから出てぺろぺろと顔を舐めてくれた。獣臭いけどかわいい。ミコさんはきっと天使だと思う。


「いいなぁ~」


 中川さんがにこにこしながら俺たちを見ていた。雨も止んでよかったよかった。さすがに雨が降り続いている中でずっとほっておかれたら風邪引きそうだし。

 それにしてもここはどこだろう。二体同時に出てきたってことは、俺たちの安全地帯からはそれなりに離れたところなのだろうか。


「ここって、どこなんだろ?」

「ホント、どこなんだろうね」


 いろいろ衝撃的なことが多くてまともに物が考えられない。

 そうしてやっとオオカミが迎えに来てくれて、俺たちはまた長い毛にしがみつきながら安全地帯に戻ったのだった。



ーーーーー

さすがに500kgはないはずだけど自分たちの能力の向上(?)に気づきました(謎

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る