28.ヘビが出かけてしまった後の日々は

 ヘビが言う、「よく知る者」とやらに会いたいとは思っていたが、なんとなく中川さんも俺も先延ばしにしていた。

 簡単に言ってしまえば、自分たちが元の世界に帰れないかもしれないということを知るのが怖かったからだ。何かをすれば帰れると言われたとしても、それが嘘だったらどうしようとかいろいろ考えてしまっていた。

 もちろんこれは中川さんと相談したことではない。なんとなくその会話を俺たちは避けていて、お互いに話し合ったりもしていなかった。ただ、そろそろさすがにそのことをどうするか話し合わなければいけないだろうと思う。だがその前にやることがあった。

 スクリを送り出してから、俺は中川さんと顔を見合わせた。のんびりしている時間はない。マップ上に赤い点は見えないが、まず落とし穴を掘る準備を始めた。

 例の鎧がスコップの代わりになる。ただ、どう穴を掘るかということも考えなければいけない。完全に魔獣を落とすつもりで深く掘るか、浅く掘った穴を横長にいくつか掘るという方法がある。浅く掘る場合はその土砂を掘ってないところに積めばそれだけで土の柵になるだろう。


「三本ぐらい、掘るか……」


 完全に魔獣を落とすつもりで掘るには人手不足だし、そこまで深く掘ってしまうと俺が出られなくなってしまう。30cmぐらいの深さの穴を横長に掘って、それをこちらの原っぱに向かって三本作ることにした。木々の側には醤油と焼肉のタレを撒き、穴の中にも撒く。

 最初の頃は鎧が重くてスコップとして使うのも苦労したが、いつのまにか軽々と扱えるようになっている。筋肉がついたんだろうか。


「いくらあっても足りないわね」


 残念そうに中川さんが言ったが、それはもうしょうがなかった。大量に攻めてくることを考えたらこれではとても足りない。最悪竹林に逃げ込んで暮らすことになるだろう。それでも、できるだけこの安全地帯を脅かされたくはなかった。

 赤い点を確認しながら、そうして俺たちは丸二日かけて落とし穴などを少し形にした。


「もう少しなんかした方がいいかしら? 落とし穴の下に斜めに切った竹を置くとか」

「もっと深ければそれもありだろうけど」


 中川さんの言葉に俺は苦笑した。壁っぽいのを作って横に竹槍でもつけておいた方が効果的だろうか。槍の先に醤油でも塗っておけばすぐに死ぬかもしれないがそれだとせいぜい倒せても一、二体である。作る労力に見合わないからやっぱり穴を掘るのが一番だと思った。

 イタチたちには木々のある方にはいかないよう言い、時には攻めてきたシカもどきを倒して四日が過ぎた。さすがにそろそろヘビも折り返してこちらに戻ってきている頃ではないだろうか。ヘビがただ話を聞きにいっただけならば。


「スクリのことだから……もしかしたら他のところの様子も見に行ってしまったかもしれないわ。最初のうちは側にいてくれたけど、けっこうほっておかれたもの」

「そっかー」


 それは中川さんも寂しかったに違いない。

 道理ですぐにここに来ることにしたわけだ。ここなら俺もイタチたちもいるもんな。中川さんはいつのまにかイタチたちと仲良くなっていて、イタチたちの中でも黄色っぽい毛を持つ二匹が中川さんの側にいるようになった。他のイタチの毛の色はどちらかといえば茶色、というより赤茶っぽかったりする。

 六日が過ぎた。そろそろヘビが帰ってきてもおかしくないはずだが、全然その気配がない。


「全く……今度はどこまで行ったんだか……」


 中川さんがため息をついた。攻めてきたイノシシもどきをこれから解体するところである。イタチたちは期待に目をキラキラさせて、俺たちが解体するのを待っていた。ホント、小さくて見た目はかわいいけど肉食獣だよな。


「どこへ行くとか、以前は言ってなかったのか?」

「全然言わないわ。ただ、出かけてくるとだけ言って何日も戻ってこないの。最初の頃はそれで泣きそうになってたわよ」


 中川さんは恥ずかしそうにそっぽを向いた。


「それは……きっと俺も泣くかもなぁ」

「な、泣きそうになっただけよ?」

「うん。俺なら泣くかもって」


 中川さんの顔が赤くなった。別にからかったつもりはなかったけど、やっぱり中川さんはかわいいなと思った。そう思った途端、何故かミコが俺の顔の目の前に来て、鼻をまた齧られた。


「……ミコ、さん?」


 食いちぎられなくてよかったけど、これはいったいなんなのでしょうか。いや、痛いわけじゃないんだけどびっくりするし。中川さんが戸惑う俺を見て笑った。


「ミコちゃんて、かわいいね。素直が一番よ」

「?」


 かわいいのは否定しないが、よくわからなかった。

 そうして七日目の夕方、やっとヘビが戻ってきた。

 ヘビが戻ってきたことで魔獣が押し寄せて来るかもしれないことをまた思い出した。


「スクリ、おかえりー! どうだった? どんな話が聞けたの?」

『……里佳子、しばし休ませよ。獣の脅威はないじゃろう』

「スクリ、お疲れ。ゆっくり休んでくれ」


 ヘビが大きく口を開けた。これはあくびなのか? ヘビもあくびはするのだろうか。

 ヘビは口をゆっくりと閉じるととぐろを巻いて寝てしまった。移動はなかなかにハードだったに違いない。中川さんの口元に笑みが浮かんだ。やはりヘビが帰ってきたことが嬉しいのだろう。


「スクリ、お疲れ様」


 中川さんがそっと言う。


「帰ってきてよかったなぁ」

「そうね。本当に、どこまで行ってたのかしら」


 怒ったように言う中川さんの口元が緩んでいた。きっと目が覚めたら教えてくれるだろう。

 魔獣が攻めてくるような脅威はないと言っていたから、やっと肩の荷が下りた気がした。

 つっても何日かは中川さんとお互いに忘れてたりしたんだけどさ。ほら、最初のうちに落とし穴とか作ったらもう後はやることがないっていうか。いや、別に言い訳じゃないぞ。

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