27.魔獣が少ないのは普通ではないらしい?
屋根を作ったはいいが一番たいへんなのは、椿の木の枝に括り付けるという作業だ。
ここの木はけっこう頑丈なので、どの枝に縛り付けるか決めるのは簡単だが紐をうまくかけるのが難しい。その頃にはヘビも起きていたので手伝ってもらった。ヘビさまさまである。
『これはなかなかよいものじゃのぉ』
「上に乗らないでください。落ちるんで」
紐はかなりしっかり作ったつもりだがそれでも素人仕事だ。ヘビが屋根の上に乗った日にはおそらく落ちてしまうだろう。
『それは残念じゃ。我用に一つ作ってはもらえぬかのぅ』
「落ちても文句言わないでくださいよ」
というわけで中川さんの寝床を更に拡張してからヘビ用の板っぽいのを竹で作った。椿の木三本ほど離れた椿の枝と枝に紐を通して水平になるように板を括り付ける。基本ヘビは木の上か地面の上で寝ているのだが、板を作ったことで木の上の生活がより快適になると喜んでいた。でも全部身体を乗っけたら落ちそうである。だってヘビ、でかいし長いもんな。どれぐらい重いんだろう。いや、俺の上には乗らなくていいですから。
そんなことをしている間に中川さんは洗濯を終えて干してくれたようだ。竹で作った物干し竿がなかなか役に立っている。
竹ってすごいなと改めて感心した。
ついでに飯盒でごはんを炊いてくれていた。
思ったより時間が経っていたらしい。もう昼になっていた。
「今日の調味料って何?」
リュックから水筒を出すと中川さんとミコが凝視する。そんなに見られてると確認しずらい。俺は苦笑した。
今日はなんか色的にはベージュの、どろりとしたものが出てきた。なんだろうと味見したらゴマダレの味がした。
「今日は……ゴマダレかな。それかゴマドレッシング」
「えー……野菜がほしいねー」
そう言いながら中川さんは松葉を渡してくれた。ヘビに付き添ってもらって木々の方まで行き、取ってきてくれたようだった。ありがたい。でもさすがに松葉にゴマダレをかけて食べたりはしない。松葉はビタミン摂取用に咥えるだけだ。今のところ特に付けるものもないだろうと竹筒に入れ替えようとしたら、マップの端に赤い点が見えた。
「……中川さん、ごはんはもうちょっと待ってくれるかな」
「あそこ、醤油が撒いてあるんだっけ?」
「うん、だから大丈夫だとは思う」
「じゃあ、練習だけさせて」
「うん、いいんじゃないかな」
中川さんはにこにこしながら弓を取りにいった。中川さんも大概戦闘民族だよな。ヘビが近寄ってきた。
『なにか来たか』
「ええ、来たみたいです」
赤い点はあっちにいったりこっちに来たりしながらどんどん近づいてくる。中川さんが弓を持ってきた。
「出てくるとしたらあそこらへんよね」
「うん」
「ブオオオオオオオオッッ!」
魔獣の雄叫びがとうとう聞こえてきた。慣れてきたとはいってもびっくりはするし、こわいことはこわい。中川さんがピンと背筋を伸ばして弓を引いた。その姿がキレイだなと思う。そうだ、この姿に俺は惚れたんだった。
「来るよ」
凛とした佇まい。中川さんは木々の方を見つめ、魔獣が姿を現した瞬間弓を射った。
ヒュン、と飛んだ矢が魔獣に刺さる。
「プギイイイイイイイッッ!!」
断末魔の叫びを上げて、魔獣は5mほど走り込んでからバタッと倒れた。醤油こわい。
「どっちかしらね?」
『足元と同時じゃろう』
「それならいいけど」
獲物にしっかり矢が刺さったからか、中川さんはご機嫌だった。
その後、死んでいることを確認してから解体して焼いたので、ごはんは多少冷めてしまった。今日はイノシシもどきだった。せっかく手に入ったのだからとゴマダレをつけて食べたらめちゃくちゃおいしかった。調味料は素晴らしい。
そんな風に拠点を作ったりなんだりしているうちにまた一週間が過ぎた。中川さんもだいぶここに慣れたようだ。ここに攻めてくる魔獣の数は明らかに減っていた。
『やはりへんじゃのぅ』
「何が?」
ついさっき狩ったばかりのシカもどきを焼きながらヘビに聞き返した。
『今まで一日も獲物が現れない日などなかったのじゃ。だがここのところ二日に一度ぐらいしか獣が現れぬと言っていただろう』
「うん」
『これはもしかしたら獣の分布が変わったか、もしくはなんらかの要因で獣たちがどこかに集まっているのやもしれぬ』
「そんなことってあるんだ?」
俺は中川さんと共に首を傾げた。それは俺たちにとって吉報なんだろうか。それとも凶報なのか。
『彼方よ』
「なんだよ?」
『この地と森の間にもっとそのしょうゆ? とかいうものを撒け。時間があるならば落とし穴を掘ると尚よいじゃろう。どうもあまりよくないかんじがするのじゃ』
「えええええ」
きな臭いのは勘弁してほしい。もっと穏やかに暮らしていきたいんだが。
「スクリは、もしかしてその獣たちがここに大勢で攻めてくると思っているの?」
中川さんが真剣な顔をして聞く。
『その可能性はある、というだけじゃ。何がなくとも備えだけはしておいた方がいいじゃろう』
「それは、そうだな」
どちらにせよ俺たちには時間はあるのだ。杞憂ならいいが、そうでなかったら死んでしまうかもしれない。
「スクリはどうするの?」
中川さんが聞いた。
『我はよく知る者に会いに行く。我だけならば二日もあれば辿り着くはずじゃ』
「その人に聞けばスクリの懸念も解消されるのか?」
『おそらくは。人ではないが、アヤツに聞けば大概のことはわかるじゃろう。それよりも、アヤツが知らぬということほど問題じゃ』
「そっか。じゃあよろしく頼む」
『うむ。彼方よ、里佳子を頼んだぞ』
「うん、全力で守るよ」
それだけは間違いない。例え俺が死んだとしても、中川さんだけは守るって思う。
中川さんは困ったような、複雑そうな顔をしていた。
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