26.まずは生活拠点を快適にしよう
『正確に言えば……匂い、じゃな』
「匂い?」
ヘビに味覚について聞いてみたら、やはり丸飲みが基本なだけあってそれほど味がわかるわけではないらしい。だが自分で締め上げて殺したものと、俺の醤油鉄砲とかで倒したものは匂いが違うそうだ。醤油の分か? と思ったけど締め上げて殺すと内臓から骨から一緒くただから喉ごしも変わるのかもしれないな。あんまり想像したくはないけど。
ヘビは味覚が発達していない分嗅覚が鋭いようだ。その嗅覚でこの森の魔獣が近くにいるとかもわかるのかもしれない。そういえばこの森って無風の時はない気がする。木々や竹があるから強い風が吹いてもそれほど影響はないが、山から吹き下ろす風なのか東西から吹いてくるようだ。そういえばこの森はものすごく高い山の間にあるんだよな。でも直線距離で歩いて二十日以上かかる距離らしいけど。……どんだけ広いんだよ、森。それにどんだけ高い山なんだよ。異世界こわい。
「すっごく高い山がこの森の東西にあるって聞いたけど……。雲の上より更に高いんだろ? しかも西の山の向こうにでっかい水があるって……スクリは行ったことあるのか?」
『我はないが、それを知っている者はいる。どうしても知りたいというのならば明日にでも参ろうか』
「いや、そこまで急いではいないよ」
中川さんもそれには頷いた。
「私も……そんなに急がなくていいと思う。私たちがなんの為にここにいることになったのかは知りたいけど……」
「それは俺も知りたいな」
それを知らないことにはこれからの方針も決められない。でももう今日は暗くなってきているから寝ることにした。
実はリュックの中に歯ブラシと歯磨き粉のセットも入っていた。素晴らしいとは思ったが、親はいったい俺がどこまで行くと思っていたのだろう。俺はちゃんと二果(にはて)山に行くと言って出てきたというのに……。
現状はありえないほど遠くに来てしまった。しかも帰れるかどうかも未知数だ。だがそれは口に出さなかった。そんなことを言ったら中川さんが絶望してしまうかもしれない。それはできるだけ回避したかった。
急いで寝床の準備をして余分に入れてあった上着を被って横たわる。すぐにミコが俺の横に潜り込んできた。思わずにまにましてしまう。中川さんにも誰か寄り添ってあげられたらいいのにな。
世界が静かすぎて虫の声がよく聞こえる。風の音、何かが動く音、屋根の上でガサガサと動く音、いろいろだ。
俺の寝床から2mぐらい離れたところに中川さんの寝床がある。(一人用のテントだ)だからここでミコに話しかけたら全部丸聞こえだろう。イタチたちのうち一匹でも中川さんを気に入って一緒に寝るのがいたらいいのに。この毛を撫でるだけでも気持ちは楽になるだろう。
そんなことをつらつら考えながら、いつのまにか俺は寝てしまった。
朝はペットボトルの水でお湯を沸かす。さすがに朝飯を食べてからでないと力が出ない。火を熾してお弁当箱からおにぎりを出し、醤油を少し塗って炙った。醤油の香ばしい匂いが漂い始めると中川さんが起きてきた。
「おはよう、山田君。いい匂いね……」
「おはよう。醤油を塗った焼きおにぎりだよ。食べるだろ」
「ありがとう。朝から焼きおにぎりとかすっごく幸せ……」
中川さんが本当に嬉しそうに笑んだ。卵は絶対にあげられないのでさっさと食べてしまった。たんぱく質は肉でとれるからいいと思う。ゆで卵が好きでしょうがないだけだ。いつまでもとっておくとミコに食べられてしまうかもしれないし。
中川さんはペットボトルの水で顔を洗うと、やっと目が開いたようだった。
「あとでシャンプー借りていい?」
「いいよ。あとで水を汲んでこよう。洗濯もしたいし」
「そうね」
洗濯っつってもごみとか目立った汚れを取ってから煮るだけなんだけどな。ムクロジの皮を手に入れたから少しは汚れが落ちていると思いたい。
「中川さんがこっちに住むことになったから、ちゃんと居られる場所を作るよ。まずは屋根を作ろうと思うんだけど」
「え? いいの?」
「うん。屋根はうちのと繋げて角度を少しつければいいだけだし。二重に作るからちょっとイタチたちの足音とかでうるさくなるかもしれないけど」
「ありがとう。じゃあ、洗濯は私がやるわ!」
「それは助かる」
缶詰を出してそれも食べた。ミコにはサバの水煮缶だ。おいしそうに食べてくれるから嬉しい。オイルサーディンはさすがに脂っこかった。昼はちゃんと米を炊こうと話して、まずは水を汲みに行くことにした。
行きは、ミコは俺の肩に乗っている。帰りは邪魔をしないようになのか上着の胸ポケットに入る。ミコの気遣いがとても嬉しい。
「明日はタケノコでも掘るかな」
「そうね。タケノコも採れたてはそのまま食べられておいしいよね」
一人より二人。もちろんミコもいてくれるからとても嬉しくなってしまう。五分歩かなければいけないのは煩わしいけど、それでもほぼ平地で水が手に入るというのは素晴らしい。日本みたいに蛇口から飲める水が出る国の方が珍しいのだと中川さんも言っていた。世界的にみると、俺たちの常識って少数派だったんだな。
ノコギリを借りて竹を切る。自分だけで竹を切っていた時よりも遥かに楽だ。中川さんは洗濯をしてくれている。これはもしかしておじいさんは山へ芝刈りに……とかいうフレーズと似通っているのではないだろうか。いや、ここは竹林だ。だとしたら竹取物語か? 竹が光っていてもほっておくことにしよう。あの話、マジで意味がわからんし。
浦島太郎もなんで玉手箱を持たされたのかとかもわからんよな。昔話は不思議でいっぱいだ。そんなことを考えながらそれなりに竹を切ることができた。さすがに手が痛いので少し手を振ったり手首を回したりして休ませる。
さて、作業はこれからが本番だ。俺は張り切って紐で竹を縛り始めた。
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