21.彼女が持っている袋もなかなかチート
俺の寝床は椿の木の下にある。イタチたちの住居のすぐ下なので、中川さんはミコに許可を取った。
「おうちにお邪魔してもいいかな?」
こう、俺にじゃなくてミコに聞いていた。ミコは俺の顔を見てから少し間を置き、キュウと返事をした。ありがとう。
「ミコちゃん、ありがとう。他の、イイズナさんたちもありがとうね」
ヘビはもうここで休むことにしたようだった。椿の木の側でとぐろを巻いている。今日は疲れたんじゃないかな。俺たちのことも運んだし。ゆっくり休んでほしいと思った。
「確かに、高さがあるといいかも。でもそんなに簡単に作れるの?」
「必要最低限の範囲分なら作れるよ。ノコギリがあればいいんだけどな」
「あるよー」
「え。なんで……?」
中川さんがまさかのノコギリを持っていた。
「昨日山田君がリュックにしまってたごみもこちらの袋に入れて処分したじゃない? そしたら今朝ノコギリが手に入ったの」
「へー……」
リサイクル、なのか? まぁノコギリはあるととても助かる。それだけで作業効率アップだ。
そんなわけで中川さんからノコギリを借り、竹を切ることにした。
竹がギコギコ切れるって幸せだなと思った。今までどれだけ石を割ったことか。鉈はあるけどやっぱ鉈じゃ竹を切るのは不向きだ。文明の利器は素晴らしい。
中川さんの身長+30cmぐらいで切った竹を束ね、簡単なベッドを作る。中川さんは余分に切った竹を俺が言った通りに加工してくれた。ノコギリのおかげで真っ暗になる前に低いテーブルみたいなベッドが出来上がった。それを一度燻してから俺の寝床の隣に少し離して設置した。竹を二つに割った物をベッドに立てかけ、その上からビニールシートをかければ簡単なテント型の寝床の出来上がりだ。
「すごーい、本当にベッドができちゃった!」
中川さんが感動したように手を叩く。それを真似てなのか他のイタチたちも同じようにぺちぺち手を叩いていた。なんだこれ、かわいいな。
それなりに暗くなってきたが、また火を熾して夕食の準備をした。飯盒でごはんを炊き、レモン果汁に飴を加えたものでビタミンを摂り、昼間解体した小さいクマもどきの肉を焼いた。大きめに切り分けておいたので、イタチたちにもおすそ分けすることができた。ミコが一番多く取って食べていた。
「ごはんって、幸せだよね……」
中川さんが本当に幸せそうにごはんを食べていた。肉には味塩胡椒を振って食べる。
「調味料、素晴らしい~」
そう言いながら中川さんは幸せそうに夕飯を食べた。片付けを終えたらもうすっかり暗くなったので寝ることにする。幸いこの安全地帯には夜魔獣が入ってきたことはない。朝方はあるけど。ここの魔獣って夜行性じゃないんだろうか。でも、人が入ってくるわけじゃないから夜行性である必要もないか。
こっちが夜行性と勝手に思っているだけで夜行性じゃない動物はそれなりにいる。人里近くの生き物は人の目に触れないようにあえて夜活動しているのだ。
お互いシャンプーをして寝ることにした。身体を拭くのは自分の寝床でこっそりだ。中川さんの寝床にはビニールシートがかかっているから中は見えないようになっている。やっぱりプライバシーは必要だよな。
中川さんはこれからどうするのだろう。
俺は一度ぐらい人里を見てみたい気はするが、それはヘビにこの辺りのこととかをよく知る者を紹介してもらって話を聞いてからの方がいい気がする。だからまずは話を聞きに連れて行ってもらわないといけない。まだまだ知らないこともあるし、きっとヘビの常識は俺たちとは違うからそこらへんも擦り合わせる必要があるだろう。
でも話せるヘビに会えたこと、そして中川さんに会えたことはとてもよかった。
いろいろ手探りではあるが仲良くやっていけたらいいなと思った。
翌朝は昨日運んできた水で顔を洗い、湯を沸かした。
これから竹籠を編まねばならない。植物の繊維で作った紐はけっこうあるからどうにかなるだろうと思いながら細く切った竹を使ってはみたがよくわからなかった。こういうのって設計図を先に作った方がいいんだろうか。
「だめだ、うまくいかない……」
「……おはよう、山田君。何してるの?」
そんなことをしているうちに中川さんが起きてきた。
「竹籠を編もうとしたんだけどうまくいかなくて……」
「竹籠? 作ったことあるわよ。代わりに編もうか?」
「助かる!」
俺はけっこう不器用なのだ。だから代わりにしてくれるというなら万々歳だった。
「じゃあ朝ごはん炊くよ」
「朝からごはんが食べられるのって幸せね。そうだ、私ふりかけ持ってきてるのよ」
「ふりかけもいいよな」
「一度山田君のリュックにしまってもらってもいい?」
「うん、いいよ」
「こんなことになるなら何種類かもってくればよかった~」
中川さんが嘆く。でもまさか異世界トリップするなんて誰も思わないだろうしなぁ。
そう思いながら今朝も水筒を開けた。
ん? このドロドロのかんじは……。
遠い目をしたくなった。これはもう悪夢再びである。俺はため息をついて水筒の蓋を閉め、新聞紙を持って椿の林の反対側の端っこの木の側でポテチの袋を開け、その袋の中に今日の調味料であるタルタルソースを入れるだけ入れて逃げ帰ってきた。イタチたちはミコも一緒になって壮絶な戦いが始まったようである。
悪いがタルタルソースを抱えることでリスクは負いたくないのだった。
「……どうしたの?」
「……うちのイタチたち、マヨネーズとかタルタルソースとか好きでさ……特にタルタルソースだと目の色が変わるんだ」
俺はまだ死にたくない。
「そう、なんだぁ……」
中川さんは椿の木の向こうを見やった。ここからだと何をしているのかは見えないがキーキーと争う声が聞こえるのでたいへんなことになっているのはわかる。
「卵が好きなのかもね」
「それだ!」
他に卵を使った調味料なんてあっただろうか。もうホント、命が惜しいので俺の側で争うのだけはやめてください。
『……たまごじゃと?』
それまで寝ていたはずのヘビがいつのまにか近くに来ていて呟いた。心臓に悪い。
「卵を材料にした調味料があるんだよ」
『卵などそのまま食えばよかろうに』
ヘビは不思議そうに言う。確かにその通りだが、マヨネーズはそれなりに好きなので返事はしなかった。
イタチたちの争いはそれほどかからずに終わったようだった。
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また明日~
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