15.レモン汁は調味料か否か

 翌朝、なんとなく身体は痛かったがどうにか起きた。やっぱり自分の寝床でないとどうも落ち着かない。椿の木の下の寝床は一応俺用に快適に作ったつもりだ。

 中川さんがここにいることがわかったし、今日はやれることをやったら戻ろう。二晩も男女が同じ空間にいるのはよくない。この原っぱ自体はかなり広いけど。(大体うちの安全地帯と同じぐらい)

 身を起こす。まだ中川さんは起きていないようだった。俺は日の光を感じて起きてしまったようだ。うちだと椿の木の下だし、更に屋根が二段あるしな。

 ぐぐーっと身体を伸ばし、固まった筋肉をほぐす。マップを確認し、近くに赤い点がないことを確認して木々の側へ向かった。松葉を取る為である。ビタミンCは大事だ。湧き水があるのがありがたい。顔を冷たい水で洗い、お湯を沸かしながらシャンプーをする。水のいらないシャンプー、本当に便利だ。ただ結局タオルで拭くからタオルが汚れるんだよな。身体を拭くのは戻ってからにしよう。さすがに女子のいるところで裸になるわけにはいかない。

 昨日のイノシシもどきとシカもどきはキレイに食べ尽くされてなくなっていた。ヘビが中川さんのテントの側でとぐろを巻いている。ミコのごはんが困るなと思いながらリュックを漁った。そういえばポテチも缶詰もあるじゃないか。新聞紙にくるんだシカ肉は寝床に置いてきたから今頃イタチたちのごはんになっていることだろう。


「ミコ、サバ食べるか?」


 ミコがクククと鳴いた。

 水煮缶を開け、サバを湯で少し洗う。缶の中の汁には湯を足して俺のスープになった。ミコがおいしそうに食べるのを見て幸せだなと思った。俺は弁当を出して、おにぎりに少し味噌を塗って火であぶった。香ばしい匂いが辺りに漂ってきた頃、中川さんがテントから出てきた。


「……おはよ……山田君……って、おにぎり……」

「一個食べるか?」


 一応でっかいのが二つだから一つは分けてもいい。お弁当に中に入っていたゆで卵はすでに食べ終えている。卵は大好物だから誰にもあげられない。こんなことなら二、三個茹でてくれればよかったなと思ったが、そんなことは後の祭りである。


「いいの!?」


 中川さんが目を見開いた。


「ああ、いいよ」


 ミコがカリカリとポテチの袋をひっかいている。はいはい、今開けますよ~。


「ポ、ポテチまで……」

「ちょっと待っててくれ」


 袋を開けて山を三つ作った。喧嘩にならないようにだ。一つはミコに。もう一つは俺、最後のは中川さんにあげた。


「ここはもう天国かもしれない……山田君、お嫁さんになってえええええ!」

「あはははは……」


 即答したいぐらいだったがさすがにバカを見るのは嫌なので笑って誤魔化した。どーせヘタレですよ。わかってますよ、ええ。

 ヘビも中川さんからもらってポテチを摘まんでいた。


『……少なすぎてよくわからぬが、不快ではない』

「あー、確かに」


 ヘビの返答に中川さんと苦笑した。ヘビ、ニシキヘビっぽくてかなり太さもあるしでかいもんな。食べ終えてから中川さんにシャンプーを貸した。


「ありがとおおおおおおっっ!」


 ものすごく大げさに喜ばれたけど、ここ三か月近くも洗えなかったと思えばそういうものかもしれない。俺も水がふんだんに使えるのは素晴らしいと思った。ペットボトルから出すの、地味に面倒なんだよ。贅沢な悩みといえばそうなんだけどさ。

 頭を洗って上機嫌になった中川さんに、今日の水筒の中身は何? と聞かれた。そういえばまだ確認していなかった。

 みな何故かわくわくしているようで俺と水筒を凝視している。まさかのヘビまで。とりあえずいつも通り蓋を開けて水筒のコップに出してみた。


「ん? なんか酸っぱい匂い?」


 別に悪くなっているかんじではない。柑橘系の爽やかな香りだ。これってもしかしてレモン汁とか?


「中川さん、コップある?」

「うん」


 ステンレスのカップに少しだけ水筒の中身を出した。


「ちょっと味みてくれ。多分酸っぱいと思うけど」

「酢? なのかな?」


 そう言って中川さんは舐めてから、


「酸っぱい! これ、多分レモンじゃない!? レモン汁!」


 やっぱりそうだったか。何気に中川さんを毒見役にしてしまった。いかんいかん。


「あ、そうだ! これに飴を入れてお湯を注いだらおいしく飲めるんじゃないかな!?」

「それ、いいかも」


 飴は俺のリュックで量産できるのでさっそくカップにレモン汁少しと飴を二個ぐらい入れてお湯を注いで飲んだ。思ったより甘くはならなかったけど中川さんは幸せそうな顔をしていた。ホットレモンか。ミコが気になったみたいで嗅いでくるので一口あげたらすごく酸っぱそうな顔をした。かわいかった。ミコは少しうろうろしてからまた一口飲んだ。酸っぱいけど甘いからほしかったようだ。とてもほっこりした。

 今持っている調味料は醤油とこのレモン汁ぐらいだ。味噌は中川さんに進呈することにした。そして、そろそろ元いた場所に戻ることを伝えた。


「え? 帰っちゃうの?」

「ああ、様子も見てきたいし。また来てもいいかな」

「……私がそっちに一緒に行くのはだめ?」


 中川さんはとても心細いようで、縋るような目を向けてきた。かわいい。

 もちろん! と即答したかったが俺のいる場所には水場がない。俺のペットボトルだけでは不便でしょうがないだろう。


「でもうち、水場がないんだよ」

「そっかー……でも四時間かかるんだよねぇ」

「そうなんだよなぁ……」


 歩けない距離ではないが毎日移動するにはたいへんだ。その時、ヘビがのんびりとこう言った。


『我に掴まって行けばいいだろう』

「え?」

「どゆこと?」


 俺と中川さんは顔を見合わせた。


「スクリに掴まってって……」

『我の背に掴まれば造作もない。すぐに彼方のいる場所に着くはずじゃ』

「あー……そういえば竹と竹を渡ってたな~」


 確かにあのスピードなら一瞬かもしれないと思う。でもなぁ……。


「あのスピードだと振り落とされそうなんだが……」

『掴まり方は里佳子たちで考えればよいじゃろう』


 竹と竹を渡っていくわけだから魔獣にも遭遇しないだろう。中川さんと共に頷き、方法を考えてみることにした。

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