14.あの日あの時俺たちは

 そういえば今日はまだ水筒の中の調味料を確認していなかった。


「あ、そうだ。ちょっと待ってて」

「? まだ何かあるの?」


 水筒を取り出した俺に、中川さんは不思議そうな目を向けた。

 さて、今日の調味料はなんだろうか。蓋を開けて傾けてみたけど出てこない。中蓋を開けたら。


「マジか」


 これは取り出すのもたいへんそうだと思った。


「中川さん、タッパーかなんか持ってる?」

「あ、うん」

「味噌って好き?」

「え? うん、好きだけど……」


 すごくいぶかしげな顔をしていたが出してくれた。大きいタッパーを一つ持っていたらしい。その中にどうにかして味噌を移した。


「え? 味噌? なんで水筒から味噌が出てくるのっ!?」


 それは俺もすごく聞きたい。


「いや、ここに来た日から……」


 調味料にまつわる話を中川さんにすると、信じられないものを見るような顔をされた。うん、俺も信じられないからしょうがないよな。


「味噌が出てきたのは初めてだけど」

「おみそ汁が飲める~」


 味噌をタッパーに移してから、水筒にお湯を入れて振り、洗うついでにみそ汁を分けた。具はないけど立派なみそ汁だ。


「なんで贅沢なの~」


 また中川さんの目に涙が浮かんだ。よっぽどたいへんだったんだろうな。あぶった肉に味噌をつけて再び焼くと辺り一面に香ばしい匂いが漂った。うん、すっげえおいしそう。ちなみにミコとヘビの口には合わなかったようだ。残念。ヘビはシカもどきとイノシシもどきを食べており、ミコは俺の近くでイノシシもどきの内臓を主に食べていた。やっぱり栄養が一番あるところを率先して食べるんだよな。シカ肉もどきはやっぱり熟成させた方がいいようであまりおいしくなかったが、シシ肉もどきはやっぱりおいしかった。

 ごはんもあるし、中川さんは涙を流しながらもりもり食べた。喜んでもらえてよかったよかった。


「中川さんはところでどうしてここに?」


 ある程度食べて落ち着いてからようやくまともに話ができるようになった。お互いいろいろ情報は出し合っているんだが、落ち着かないせいか情報が断片的でよくわからなかったのだ。


「おなかいっぱい……こんなにおいしく食べたの久しぶりかも……ええとね」


 中川さんは丁寧にお箸を置いて俺に向き直った。ビニールシートを敷いた上で1mぐらい離れた位置にいる。女子にくっつくわけにはいかないからな。ヘタレだって? ほっとけ。


「たぶん、私がここに来たのは山田君と同じ頃じゃないかと思うの。あの日、一人で二果山(にはてやま)に登って……」

「えっ?」


 思わず聞き返してしまった。


「ちょっとごめん。中川さんも二果山に登ってたのか?」

「え? ってことは山田君も?」


 どうやら偶然二人ともあの日同じ山に登り、ちょうどあの時中川さんは山頂の側でお弁当を食べていたそうだ。俺は山頂に登ってからなんか辺りが一面光って……。

 あの時そういえば誰かの悲鳴のようなものを聞いたような気がした。あれは中川さんの声だったのかもしれない。でもなんで俺たち離れ離れになってしまったんだろう。これもやっぱりなんかの意思が関係しているのだろうか。


「もう、とにかくびっくりしたよね。山の上にいたはずなのにこんな原っぱの真ん中でお弁当を食べてたんだもの」

「だね……」


 中川さんはごはんを食べ終えて片付けてから周囲を見回し、とりあえずの安全を確認してから荷物のチェックをしたらしい。彼女は本当は二果山の隣山で一人キャンプをする予定で大きい荷物をしょってきていたのだそうだ。だから一人用のテントがあり、寝袋も持っていた。数日は暮らせるぐらいの食料も背負ってきていたそうだ。

 荷物が全てあることを確認してから、彼女はリュックを背負って原っぱを回ることにした。


「原っぱの真ん中でスクリがいるのを見つけた時は心臓が止まるかと思ったわ。これで死んじゃうのって絶望したの。でもすぐに話しかけてくれて、獲物も獲ってきてくれたしね……。それにここは水場があったから助かったけど、そうじゃなければ詰んでたかも……」


 中川さんは一通りキャンプ道具は持ってきていたので、石鹸はないものの身体を拭いたり頭を湯で流したりとできるだけ清潔にはしていたようだ。石鹸がないのが困るなーなんて中川さんと言い合っていたら、ヘビに、


『石鹸とはどういうものか』


 と聞かれた。

 俺は持てる知識でこれこれこういうものだというのを伝えたら、


『ああ、あれか』


 と言ってヘビはどこかへ行ってしまった。石鹸のようなものをヘビが知っているとは考えづらかったが、もしも手に入ったらいいなぐらいには思った。


『これかのぅ。名は知らぬが』


 しばらく待っていたら、ヘビはそう言って何かの実を咥えてきた。


「あれ? これってもしかしてムクロジの実じゃ……」

「ムクロジって?」

「皮が確か泡立つんじゃなかったかな」


 皮を剥いてペットボトルの水を自分と中川さんに分け、空っぽにした中に実を入れる。そこに改めて水を入れ、蓋をして振ってみたら見事に中があわあわになった。


「ええー? そっか石鹸の実だね!」


 中川さんは大興奮だった。山野草に関するポケットブックも二、三冊持ってきているそうで、やることがない時はそれを熟読していたらしい。

 さすがにもう暗くなってきたので今日のところはもう何もしないで寝ることにし、明日洗濯をしたりいろいろすることにした。中川さんは自分のテントに。俺は防寒具を出し、ビニールシートの上に段ボールを敷き、ミコと共に寝たのだった。うん、今日はとてもいい日だったと満足した。

 ふと思い出す。そういえば中川さんの彼氏ってどうしてるんだ? でも一人キャンプで二果山に登ったって言ってたし……。

 いや、今は考えない。考えないんだ。ミコのぬくもりを感じながら眠りについた。

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