第42話 幼馴染覚醒! 雄星さんのエールは誰のため?


 正直、ここまで差があるとは思ってなかったわよね。


「くっ、このぉお!!」


 迫り来る水流を、剣で逸らして受け流す。

 真正面から受け止めなんてしたら、とんでもない力で押さえこまれるってもう学んだから。


 それでも前後上下左右から迫る止めどない激流を、私は完璧には捌ききれない。


「あぐっ、うぁぁっ! いたぁっ!」


 捌ききれない分がダメージを蓄積して、私の力をどんどん奪っていく。


 いやホント、何よこれ。

 えげつない攻撃してくれるじゃない!!



(アクアがここまで自分の魔力を制御して、練り上げた攻撃ができるなんて……!)


 もともと考えるのは好きな子だったし、作戦も自分で考えたんでしょうね。

 座学も優秀だったし、そこにあの高い魔力量を制御できるようになれば、こうなるのも当然かしら。


(最高じゃない、私の幼馴染は……!)


 ボロボロになりながらも浮かぶのは、大事な大事な幼馴染の成長を喜ぶ心。

 私なんかを軽く飛び越して、あんたはもう追いつけそうもないところまで行っちゃったのね。



(あーあ。やっぱり勝てない、かぁ)


 勝ちたかったな。

 勝たなきゃいけなかったのにな。


 頑張り屋なあの子は、放っておくとずーっと頑張って倒れちゃうのよ。

 危険だろうと必要なら首を突っ込んで、そこで一生懸命にあがこうとするのよ。


 だから、誰かが守らなきゃいけなかった。



(でももう、要らないのね……)


 あの子はもう、誰かが守らないといけないくらい弱い子じゃなくなった。

 あの子ならきっと、次期女王候補アンジェリケだろうが、女王になろうが立派に務めきれる。

 それが嫌なら、真正面から断ることだって、きっとできる。


 何より、あの子の傍にはもう……あんなにすごい人がいる。



(私もお役御免ね……)


 頑張る理由が、なくなった。

 戦う理由も、なくなった。


 だって。


(アクアにはもう、居場所があるんだもの)


 ちらりと、あいつを見る。



(え?)



 あいつがこっちを見ていた。


 目が合った。


 だから、慌てて逸らした。



(え、なんであいつ、私を見てたの?)


 あいつに見られるの、苦手なのよ。

 なんかその一瞬でいろいろと理解されちゃうっていうか、見抜かれちゃう感じがして。



「おあっ! ちゃんと見て! キララちゃぁん!!」


「え? あっ」


 戦ってる最中のよそ見なんて致命的。

 強いアクアはその一瞬の隙を突いて、私を追い詰める。


「きゃあああーーーーー!!」


 ネムの助言に意識を向けたときにはもう遅い。

 激流の檻の中で強烈な一撃を受けた私は、そのまま濁流に巻きこまれて振り回され始めた。


「………!」


 アクアが真剣な目で私を見ていた。

 動植物園で私を見ていたときと同じように、もう大丈夫って言ってるようだった。


 あー、本気で勝つ気なのね。

 勝てるのね。私に。


(じゃ、いいか。このまま――)


 このまま負けても。




「キララちゃん!!」


「!?」




 ……え、なんで?

 なんでが私の名前を呼ぶの?




「キララちゃんは、本当にそれでいいのか!?」


「!?」




 胸が、撃ち抜かれた。

 たったその一言だけで、私の大事な部分が無理矢理に掘り起こされて、刺激された。


(それでいい? それって何? 今の状況?)


 強くなったアクアにいいようにやられて、負けを認めて、背中を押そうって考えてること?



「……なん、で?」


 なんで、あいつは。


「そん、そんなの……!」


 どうしてそこまで、私の心を。


「そんなの!!」


 奮い立たせられるのよ!?



「絶対に、嫌に決まってるじゃない!!! この、バカーーーーーーーーー!!」


 その瞬間。

 私の中で、何かがハジけた。



      ※      ※      ※



 キララちゃんが叫んだ。

 そのあとに起こった出来事を、俺は心のどこかで期待していたのかもしれない。


 だから、彼女に呼びかけた。

 そんな気さえしている。



「え、今何が起こったの?」


「………」


「ねーねー! 教えてよ、ミドリってば!」


「え、あ、え?」


 何が起こったか把握できてないコクリちゃんと、理解しても言葉が出ないミドリちゃん。


「みたままー」


「うん、その見たままがちょっと信じられないっていうかぁ?」


 おそらく全容を把握してるクゥちゃんと、それを分かっていても目を疑っているネムちゃん。


 そして……。


「……ふえ?」


 きっと一番、混乱しているアクアちゃん。



「ふぅー……」


 キララちゃんが立っていた。

 彼女を取り巻く激流の檻は、綺麗さっぱり消えてなくなっていた。


 代わりに、振るわれたキララちゃんのツインキララブレードが、眩いほどに白く輝いていた。



「アクアちゃん!!」


「!?」


 俺は、今度はアクアちゃんに向かって全力で声を張る。



「キミが勝たなきゃいけないのは、キララちゃんだ!!」


 直後。


「………」


「!」


 一瞬だけキララちゃんが俺を見て。


「アクアッ!!」


 アクアちゃんに向かって、跳んだ。

 光の筋が見えた気がした。



「え」


 バチィィィッ!!


 アクアちゃんが意識を警戒モードに戻したときにはもう、彼女の『バリア』にキララちゃんの刃が触れ。



 スパンッ!!!



 彼女が刃を振り抜くと同時に、その切っ先の形にバリアがかれ、砕けた。



「!?!?」


「私を、見なさい!」



 キララちゃんの武器は、二振りの剣だ。

 片方がバリアを割いて。


「はぁぁぁぁっ!!」


「くっ!」


 残るもう片方が、アクアちゃんを左肩から袈裟斬りにした。

 アクアちゃんはしっかりと体を引いていたが、刃はその体を通っていった。


「くぁぁぁぁっっ!!」


「「アクアちゃん!?」」


 アクアちゃんから上がった痛苦の声に、魔法少女たちが声を上げる。


「大丈夫」


 だが俺は、駆け出そうとしたみんなを手で制し、静観するように指示した。



「つぅっ……!」


 切られた肩を手で押さえ、膝をつくアクアちゃん。

 だがそこに傷口はなく、キララちゃんの刃に血がついている様子もない。


「え、どういうこと!?」


「……ゆーせー」


 混乱しっぱなしのコクリちゃんを見かねてか、クゥちゃんが俺に説明を要求する。


「キララちゃんの剣は今、物理的な傷をつける刃じゃなくなってるんだ」


「うぇ? どーゆーこと? あたしさんにもさっぱりなんだけど」


「そうだな……簡単に言うなら、アレは……」


私が切りたいように切るキララ・リリィ・ボルテイン! 私の新しい魔法少女技リリックアーツよ!」


 俺がその正体について口にするよりも先に、当の使用者本人が答えを口にした。



      ※      ※      ※



「スキル『黒魔法』アシッドドライブ!」


 距離を取るため、アクアちゃんが地面を泥にして滑るように離れていく。

 キララちゃんはそれを許し、むしろ自分からも距離を取り、仕切り直してみせた。


「あの剣は今、キララちゃんのマジカルの力で彼女の切りたいものだけ好きに切れる状態になっている」


「だから激流やバリアは切って、アクアちゃんは切らなかったってことー?」


 その答えだと80点。


「……あたしさん思うんだけど、あれ、“切る”と“切らない”だけじゃないよね?」


「同感。切らないだけじゃ、痛がってた理由にならない」


「ゆーせー、すきに、っていってた」


「だな」


 そう、キララちゃんの光る剣は、キララちゃんの切りたいものを好きに切る。

 さっきのは“傷はつけないけど痛みを感じるように”切ったんだろう。


「えー! キララちゃんって、この状況でパワーアップしたってコト!?」


「うん。キララ、さっきよりぜんぶつよくなってる」


「全部!?」


 驚くコクリちゃんに頷くクゥちゃん。


魔法少女リリエルジュは危機的状況で力を覚醒させることがあるって、聞いたことはあるけどねぇ」


「最後まで希望を諦めない心が奇跡を呼ぶって、魔法の国の図書館オモカイネの本に書いてあった」


 知っている知識から、噛み合うものを教えてくれるネムちゃんとミドリちゃん。


 そして……。


「さぁ、まだまだ相手してもらうわよ。アクア!」


 ボロボロになりながらも笑顔を見せるキララちゃんと。


「……負けない」


 痛みをこらえ立ち上がり、ここに来て初めて、真っ直ぐにキララちゃんを見るアクアちゃん。


 それを見て、俺はようやく二人がまともに向き合えたように思えた。


「ゆーせー、うれしそう」


「望んだ戦い……見れそうですか、お兄さん?」


「ああ、踏みこんだ甲斐があったよ」


 立会人として、二人には悔いのない決着をつけて欲しかった。

 お互いが不完全燃焼で終わる様をただ見届けるだけだなんて、俺にはできなかったんだ。



「行くわよ、アクア!」


「行くよ、キララちゃんっ!」


 二人の魔法少女の戦いは、新たなステージへと進む。

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