第39話 あの子はどんな子? アクアとキララ、幼馴染



 夜の流町公園。

 外灯の上に立つ、小さなシルエット。


「キララちゃん?」


「ふんっ」


 アクアちゃんの呼びかけを軽くかわして、外灯から飛んだシルエットの主……キララちゃん(私服だし、今は鳴神きららちゃんモード)が、俺の前に降り立った。


「戸尾鳥雄星!」


「こんばんは。きららちゃん」


「こんばんは」


 ちゃんと挨拶できてえらい。



「雄星、あんたに頼みがあってきたの」


「頼み?」


「そ。でもその前に……」


 言いながら、キララちゃんがアクアちゃんの前に立ち、向き合う。

 彼女はいつもよりも鋭くつり上がった瞳でアクアちゃんを見つめると。


「アクア。私と決闘して」


「え」


「アクア……本気で私と、勝負なさい」


「………」


 突然の、ガチの決闘申し込み。


「……ええ~~~~~~!?!?」


 アクアちゃんの驚く声が、夜の公園にこだまする。


「で、その立会人をあんたに頼みたいのよ。明後日は休みでしょ?」


「なるほど。俺の休みを把握している件については触れない感じで?」


「触れない感じで」


 OK。


「場所は北区田晴坂たばるざか周辺。クゥとネムに結界の準備お願いしてあるから、一般人に被害は出ないわ」


「え、あの、その……ちょ、ちょっと待って、キララちゃ」


「それじゃ確かに伝えたから」


「キララちゃん!」


「じゃーね! おやすみなさい!」


 アクアちゃんの制止の声も聞かず、来たときと同じように唐突に、自分の用事を済ませたキララちゃんは閃光の如き素早さで帰っていった。



「キララちゃん……どうして…………」


 それを茫然と見送るアクアちゃんの、隣で。


(かなり、思いつめた顔してたな。キララちゃん)


 俺は去り際のキララちゃんの表情から、その胸の奥に抱えた覚悟の強さをヒシヒシと感じていた。



      ※      ※      ※



「キララちゃんと私について、ですか?」


「そう。二人は、他の子たちとはちょっと、違った関係に見えたからな」


 一緒に作った晩ごはんをテーブルに並べながら、俺はアクアちゃんにキララちゃんとの関係について尋ねてみた。

 弟子になったアクアちゃんたちと違い、俺に師事していないキララちゃんとはまだ、一定の距離感があるように思う。


(気の強いところはあるけど礼儀正しくていい子だし、悪感情は全然湧かないよな)


 ちょくちょく勝負を挑まれて、組手の相手や攻撃魔法の的にされたりもしてるが、プライベートでガッツリ関わるような真似はこれまでしてこなかった。


 すこぶるいい子で、スピードアタッカーで、アクアちゃん大好きな子。

 それが、今の俺が思うキララちゃん評である。



「キララちゃんと私は、出身が同じ幼馴染なんです」


「へぇ、同郷なのか」


「はい。誕生日も近くて、キララちゃんがちょっとだけお姉さんで。だからなのか、キララちゃんは私のお世話をいっぱい焼いてくれたんです」


 昔のことを思い出しているのか、アクアちゃんの表情が柔らかくなる。

 どこか遠くを見つめるように瞳が揺れて、その口元には優しい笑顔が浮かんだ。


「キララちゃんはどんくさい私をいつも守ってくれて、落ちこんでるときは励ましてくれて、私がガンバろうとしてるときは、心配してくれたり、たくさん応援したりしてくれました」


「いい子だな」


「本当にそうなんです。キララちゃんは私とは比べ物にならないくらいすごくて、強くて、カッコいいんです」


「アクアちゃんも負けてないと思うけどな」


「いいえ。キララちゃんの方が絶対にすごいです」


 そう返すアクアちゃんの目は、真っ直ぐに俺を見つめている。

 心の底からそう信じている人がする目だった。



「キララちゃんはアンジェリケ……次期女王候補にも選ばれてて、チームピクシーのリーダーで、私なんかにも優しくて……実は、私がチームピクシーに入れたのも、キララちゃんが私を推薦してくれたからなんです」


「そうなのか?」


「はい。私は変身エマージェンスが使えるとはいえ、使い魔アニマールと契約できてない、力を安定させられない未熟者でしたから」


「……?」


 ん? 今なんか、変な見られ方した気が……?


「今は、雄星さんと出会って、ちょっとは強くなりましたけどねっ!」


 そう言って笑うアクアちゃんからは、特に変な印象は受けない。



(俺の気のせい、か?)


「雄星さん?」


「あ、いや、なんでもないよ」


「そうですか?」


「それにしても、聞いてるとアクアちゃんはキララちゃんのことが大好きなんだな」


 アクアちゃんの語り口は、とてもすべらかだった。

 思っていることを素直に口に出しているからこそ、そうなのだろう。


「……はいっ。キララちゃんは私にとって、大切なお友達ですっ!」


 そう言ってはにかむアクアちゃんは、やっぱりキララちゃんに負けず劣らずキラキラだった。



      ※      ※      ※



「……キララちゃんは、なんであんなこと言ったんだろ」


 食べ終えた食器を片付けている最中に、ふと、アクアちゃんの表情に影が差す。


「あんなことって、決闘を挑まれたこと、か?」


「はい。私と勝負したって、すぐにキララちゃんが勝って終わっちゃうと思うんですけど……」


 え?


「それ、本気で言ってる?」


「はい?」


「……あー」


 なるほど。


 これはちょっと、お師匠様の出番かもしれない。



「アクアちゃん。ちょっとこっちで、お話ししようか」


「え? あ、はいっ!」


 アクアちゃんをソファに誘い、二人並んで座る。

 俺はエアコンの設定温度を少しだけ下げてから、ゆっくりと話し始めた……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る